「なぁなぁ、お前なんて名前なんだ?どっから来たんだ?猫背だなー!」


男をリビングに引っ張り込み、シエルはうきうきと話しかけた。
ジャックは少し離れて立ち、男の様子を伺っている。


「・・・・・・。」


ジャックとシエルを交互に見、ついでリビングの中を見渡す。


「なぁ、なんとか言えよー。しゃべれるんだろ?」
「・・・よせよシエル。困ってるだろ。」


男の足元にじゃれつくシエルをなだめるように言って、ジャックは男と目を合わせた。


「オレはジャック。そっちはシエル。」
「・・・Lです。」

「L」と名乗った男は、ジャックが合わせた目線をさっさと外し、
先ほど見渡した時に目の端に入ったキッチンに向かい、歩みを進めた。


「「・・・・・・?」」

突然歩き出したLに、ジャックとシエルは首をかしげた。






片付けられたキッチン。
整頓してある出窓を見渡し、引き出しの中や天井についている棚を開けて中を見る。
流し台の下にある開き扉の中に、探しているものはあった。


「・・・・・・っあ!」


少し遅れて、キッチンを覗き込んだ2人が見たのは、
果物用の小さなナイフを握る男の姿だった。
Lが人差し指の腹に躊躇なくナイフを食い込ませるのと、シエルが声を上げたのは、ほとんど同時だった。



「なにやってるんだッ!!」


先に動いたのはジャックだった。
素早く駆け寄り、指先から流れ出る血液を眺めているLの手から、ナイフを奪う。


「シエル!消毒液とバンソーコー!」
「わかった!」


シエルはキッチンを飛び出していった。
血が出ている方の手を引き寄せ、指の根元を押さえる。
以前、自分が指を切ったときに、アッシュがこうしてくれたのだ。


(血を拭かないと・・・)


あたりを見回したが、手が届くところにティッシュやタオルがない。
少し考えた後、ジャックは血が出ている指を口に含んだ。


「・・・・・・。」


ピクリと指が動いたが、Lはそれ以上反応せず、ジャックのやりたいようにやらせている。
しばらく舐めていると、出血は止まった。
あまり深い傷ではないようだ。


「ジャック!ばんそうこうあったぞ!!」


戻ってきたシエルにジャックは目だけで頷く。


「ほら、座れよ。やりにくいだろ。」


シエルの言葉に、Lはゆっくりとその場にしゃがみこんだ。
ジャックが口を離すと、シエルは脱脂綿で傷口を拭き、消毒液をかけた。


「・・・ありがとうございます」


小さな声でつぶやけば、2組の眼がこちらを見て。


「たいしたケガじゃなくてよかったな。でも、もうするなよ?こんなコト。」
「・・・オレたちで分かることなら、なんでも話すから。」

































「ここはどこで、なんという場所ですか?」
「メルヘン王国の北にある、でーっかい森の真ん中。ユーリの城。」
「・・・今日は何年の、何月何日ですか?」
「◎△Я×年の、○月★日。」
「日本、という国はありますか?」
「あるよ。」
「では、アメリカは?」
「ある。」
「手塚治虫を知っていますか?」
「テヅ、カオサム・・・?」
「知らない。」



リビングにあるソファーに、体育座りのような格好で腰をおろし、Lは質問を繰り返した。
絨毯がしいてある床に座ったジャックとシエルは、交互に、時には顔を見合わせ、質問に答えていく。


「では、キラという名に聞き覚えは?」
「キラ?」
「俺、人魚のキララさんなら知ってる。」


人魚、という単語に、Lの目がかすかに細められる。


「・・・この世界には、人魚がいるのですか?」
「ああ。」
「人魚だけじゃないよ。さっき話してたのは、狼男と吸血鬼と透明人間。妖精とかもいるぜ。」


Lはしばらく考えたあと、2人の顔を見た。








「あなたたちは?」









その言葉の意味を理解したジャックとシエルの顔から、スッと表情が消える。


「・・・似すぎている。顔も、声も。」


光を吸い込み、反射しないLの瞳に見据えられ、ジャックはうつむいた。
シエルは薄く微笑み、ジャックとは逆に、Lの眼を見つめ返した。


「人間に作られたけど、多分人間じゃない・・・かな。」

「・・・先ほど話した、あの3人との関係は?」
「友達、だ。」


沈黙が流れる。
シエルとLは見つめあい、ジャックは目をそらしたままだ。


「・・・顔を上げてください。」


唐突に自分の方へ声をかけられ、ジャックはLを見上げた。


「まだ小さいのに・・・。ずいぶん辛い思いをしたんですね。」
「・・・・・・。」


体育座りしている足の、ヒザに置かれていた手が、ゆっくりと伸ばされる。
Lは、自分より少し下の位置にいるジャックの頭を、そっと撫でた。


「聞いてはいけないことを聞きました。申し訳ありません。」
「・・・・・・。」


頭を撫でながら紡がれるLの言葉に、ジャックはふるふると首を振った。


「ホントの、ことだから。」
「・・・ジャック・・・。」


ジャックの声に、シエルは苦しそうに名前を呼んだ。
Lは少しだけ眼を細め、もう片方の手でシエルの頭を撫でる。


「いい子たちだ。」


乗せられたときと同じように、2つの頭からそっと手を離す。
ジャックとシエルは少しだけ顔を赤らめ、Lを見上げた。


「ところで・・・」
「〜〜〜エルっ!!」
「っ!」


次の質問をしようと口を開いたLだったが、床に腰を下ろしていたシエルに飛びつかれ、言葉を失う。


「L、この世界に居るあいだは、ここにいてくれよっ!」
「・・・は・・・?」
「しばらく居るんだろ?MZDは夕方ヒキトリに来るって言ってたけど、ここにいろよっ!」
「はぁ・・・。」


ぎゅーっと首根っこに抱きつかれ、Lは困惑の表情を浮かべてジャックの方に目をやる。
ジャックは床に座ったままだったが、コクコクと何度も頷いてみせた。

















































夕方。



「タダイマーvv」
「ただいまっスー!」


玄関の扉が開かれ、スマイルとアッシュが入ってくる。
少し遅れて、まだ機嫌が直っていないユーリが入ってきた。


「「おかえりー」」


Lと一緒にテレビを見ていたジャックとシエルが、声をあわせて返事をする。
真っ先に駆け寄ってきたのはスマイルだった。


「ねねねねね、キミってさ、ねずみ男でショ?」


Lを挟むように座っていたジャックとシエルを押しのけ、スマイルは言った。


「・・・は・・・?」
「だーかーら−!キミも妖怪なんでしょ?どんな妖怪なのん?」
「俺は座敷童だと思うんスけどねぇ・・・」


青白い顔の半分を包帯で覆い、真っ赤な眼はくるくるとよく動く。
両手にビニール袋に入った食材を持ち、青い髪の男の後ろを歩いていく長身の青年は、耳が異常に大きい。


「私は人間ですが。」


Lの一言に、スマイルの笑顔が凍りつく。
後ろの方では、ドサ・・・とアッシュがビニール袋を落としている。


「エーーーっ!?ねずみ男じゃないのーーーーーっ!?」
「いや、そこじゃないっスよ!あの、ホントに人間なんスか・・・?」
「・・・失礼な。」


よく考えてみれば、だいぶ失礼な誤解である。


「なァんだ・・・つまんないの。」
「でもそれじゃ、どうしてMZDは俺たちの所に預けたんスかね・・・。」
「ねーねー、眼からビームとか出ないのん?」
「出ません。」
「えー・・・ンじゃね、口からバズーカは?」
「出ません。」


考え込むアッシュの足元で、必死に食い下がるスマイルと、それを打ち砕くL。
ソファーに身を預け、漫才のようなやりとりを聞きながら、ユーリはピクピクと眉をひきつらせた。

「MZDはまだか・・・。」
「呼んだか?」


空中で逆さになり、ふわふわと浮き沈みしながら言うMZD。


「〜〜〜〜〜。」
「うっす。」


口元がヒクヒクと引きつっているユーリの顔を眺めながら、MZDは手を軽く上げた。
くるりと空中で前回りし、すとんと床に足をつける神に、ユーリが怒声を浴びせる。


「さっさとコイツを連れて出て行け!!!」
「そんなに毛嫌いするなよ・・・ちゃんと留守番してただろ?」
「そんなことはどうでもいい!!お前が持ってくる物に関わると、ろくなことにならんのだ!!」
「物扱いかよ・・・退屈しなくていいだろーがよー。」
「面倒事は願い下げだ!!」


ユーリとMZDのやりとりに、ジャックたちは顔を見合わせた。
おたおたしながら、アッシュがLに声をかける。


「あ・・・の、ウチのリーダーあんなんっスけど、根はいい人なんスよ!!
 暴言失言は、俺が謝るっス・・・申し訳ないっス。」
「気にしなくていいですよ。急に押しかけてきた私にも非はあります。」
「その非は、キミじゃなくてMZDに問うべきだと思うケドね。」


ジャックとシエルは、頭上で交わされる大人たちの会話を聞きつつ、MZDとユーリの様子をうかがう。

「なぁ、なんでユーリはLのことが気に入らないんだ?」
「さぁ・・・。」





「とりあえず個人面談といくか・・・部屋一つ借りるぜ。おいL、こっち来いよ。」
「人の話を聞けーっ!!」


アッシュに止められながらも、ユーリは文句を言い続ける。
特に気にした様子もなく、MZDはLを連れてリビングをあとにした。



























「どうだ?居心地は。」






近くの部屋に入り、ソファーに身を沈めて少年は言った。
私は今までの時間を思い返しながら、向かいにある椅子に腰かける。


「悪くないですね。」
「そりゃよかった。」


MZDは微笑み、座り直して言葉を続ける。


「お前が居た世界とこっちは、違うところも多いが根本的な所はあんまり変わんねぇ。そうだな?」

一度言葉を切り、同意を求めるように身を乗り出す。 私は無言で頷いた。


「ま、状況にもよるけど・・・早ければ半年、遅くとも2年以内には帰れるぜ。」
「半年・・・。もっと早く帰れないのですか。」
「悪ィが、今の状態じゃこれが俺にできる精一杯のことだ。
 お前の世界の神と連絡が取れれば話は別だが、お前の様子からするとそっちに神は居なさそうだからな。」


私は拳を握りしめた。
半年なんて長すぎる。
その間にも、キラは殺しを続けるだろう・・・
今、キラを追えるのは私しか居ないというのに。


「私にはしなくてはならない事があるんです。 もっと早く帰る方法はありませんか。」


私の言葉に、MZDは手を振って、軽く答えた。


「あーそういうのは心配しなくてもいい。」
「・・・なぜです?」
「ここで10年過ごしても、お前の世界じゃ5分にも満たねぇよ。」


私は、意図せずして自分の顔が引きつっているのを感じた。


「不思議の国のアリスって知ってっか?あれと似たようなモンだ。」
「まさか・・・信じられない・・・。」
「ま、しばらくたてばイヤでも信じるさ。」
「・・・なぜです?」
「ここに居るあいだ、お前は髪も爪も伸びない。時間が止まってるからな。」


今度は私が座り直す番だった。


「意識もある、痛覚もある…」


開いた自分の手を見つめ、ゆっくりと握り締める。
指先には、自分がつけた傷とそれを包むバンドエイド。


「私はホテルの椅子に座って、今も眠っている。
 同時に、ここで貴方と会話している・・・」

「ま、そんな深く考えるなよ。単なる事故だ。別荘に来たとでも思って、のんびりしていけよな。」


考えを巡らせる私に、神を名乗る少年はカラカラと笑ってみせた。


「あ、でもここで死ぬと、向こうのお前も死ぬから気をつけろよ。 次元をまたいでても、命は1つだからな。」
「時間が止まっているということは、新陳代謝も行われないということになる・・・
 思考できるということは脳が働いているのであって、少なくとも糖の代謝が行われていないと不可能だ。
 そもそも、心臓は動いているのに時間が止まっていると言われても・・・」
「だァから深く考えるなっての!!」


ソファーから立ち上がり、MZDが目の前に来たかと思うと、額に微妙な衝撃が走った。
俗に言う、デコピンというやつである。


「俺としても、別世界からの客人には興味があるんだ。歓迎するぞ。」
「・・・なぜ、Lという名前を?」
「竜崎の方がいいか?それとも流河?」
「・・・・・・。」
「Lってのが一番呼ばれ慣れてるだろ。・・・それに、そっちのほうがお前らしいぜ。」

「・・・あなたは、一体・・・」


ありえない。
それは、私の・・・
いや、おそらく人智を超えたものだった。












「俺、神だし?」














































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