君と僕を隔てているものは
現実と夢を隔てているものは
多分きっと
オブラートみたいな薄い膜でできてる
Lead-in
それは久しぶりにみる夢だった。
「―――っ!」
不安定な意識の中、水中を漂うようにしてそこにいた私を、誰かが強く引っ張った。
全てがぼんやりと虚ろな空間で、私の腕を掴む小さな手の感触だけが・・・やけにハッキリ感じられる。
手は私を反対方向へ導き、私はただされるがまま、その手に身を任せていた。
世界は重複している。
あ、「たくさん重なってる」って意味だぜ?
そうそう、それぐらい知っとけよな。
神ってのは、いくつも存在する世界一つ一つを管理している、大家さんみたいなもんだ。
俺のように、生ける者たちに姿を見せ、共に過ごす神だっているし、
神を失った世界や、神が見捨てた世界もある。
まぁ世界や神の種類について言い出したらキリがないから言わないけど。
とりあえず、神の領域は世界と、その世界を包む空間なんだ。
ジャックとシエルの一件で、ポプ世界と別の世界を隔てる「次元のはざま」が
だいぶ不安定になっちまってよ。
いくら面倒くさがりの俺でも、ちょっと心配になって見に来たってワケなんだが。
「・・・お前なぁ・・・。」
その結果が、コレ。
次元のブラックホール付近をフラフラしてた、若い人間。
「自分がどういう状態に陥ってたか分かってんのか?」
男は、焦点があってんだかあってないんだかわからん眼で、じっと俺を見ている。
様子からするに、意図せずに次元のはざまに迷い込んでしまったらしい。
あわてたり、俺に今の状況を問いただしたりしない所を見ると、相当肝が座った性格のようだ。
「お前さ〜今自分がどこに居るかわかる?」
ため息交じりにつぶやいてやれば。
「・・・私は、夢を見ているはずなんですが。」
どうやら眠っているあいだに取り込まれたらしい。
厄介だが、少しだけ好都合でもあった。
「手、見せてみろ。」
俺の言葉に、男は素直に従った。
俺はしばらく差し出された手を見ていたが、
予想通りの状態になっていることを確信すると、もう一つため息をついた。
「単刀直入に言うとだな、お前は今、お前が居た世界とは別の、違う世界に来てる。」
よくよく意味を考えれば結構ショックな言葉だろうが、
男はパチパチとまばたきしただけだった。
「・・・夢だと思うか?」
こんないきなりのことだ。眠っていなくても、「夢だ」と思いたくなるのもムリはないだろう。
・・・普通は、な。
「夢では、ない。・・・だが、現実でもない。」
ま、俺ぐらい生きてると、顔見りゃそいつがどんな人間か大体は分かる。
棒読みで言葉を紡ぐ目の前の男は、そこいらの人間よかはるかに出来のいい脳みそを持ってると見た。
「その考えは今のところ正しいと思うぜ。」
「・・・あなたは?」
そいつの眼が俺を捉えている。
光を反射せず、まるで月のない夜のような瞳。
悪くない。
「俺の名はMZD。お前が迷い込んじまった世界の、神だ。」
自らを神と名乗る少年は、言いながら右手を差し出した。
少し戸惑ったが、こちらからも手を伸ばす。
握手かと思われた手は、最初と同じように私の手を強く引いた。
周りの景色が変わっていく。
どこかに移動している、ということは分かったが、他は何も分からない。
少しめまいがする頭の端で、
ずいぶん長い夢だとつぶやく自分が居た。
「と、いうわけだ。まだこういうヤツがいるかも知れねーから、俺はもっかい行ってくる。じゃな。」
「〜〜〜ちょっと待てMZD!!!」
場所はユーリ城の玄関。
唐突に現れ、隣りにいる男を次元のゆがみに落っこちたヤツだと説明し、
またいなくなろうとするMZDを、ユーリのイラついた声が一喝した。
「それで私にどうしろと・・・!?」
「や、だから預かってくれよ。」
「断る!!!!」
「そ・・・そんなに怒るなよ・・・」
「私の城は迷子預かり所ではない!!!」
ユーリの剣幕に、さすがのMZDもタジタジだ。
男はと言えば、周りにある森をきょろきょろと見渡したり、そびえ立つユーリ城の壁をなでたりしている。
「あのーMZD、俺たちこれから仕事があるんスけど・・・」
ユーリの後ろから、申し訳なさそうに言うアッシュ。
どうやら仕事に行こうと玄関に出たところに、MZDが立っていたらしい。
「分かったらさっさと他をあたるんだな。」
「ジャックとシエルは置いてくんだろ?」
「え?あ、ハイ。そうですけど・・・」
「貴様ら・・・私を無視するとはいい度胸だ・・・!!」
サラリと会話を流されたユーリの眉間に、シワが1つ増える。
「まーそんなにカリカリすんなって!夕方には引き取りに来るからよ。」
「今すぐ引き取れ!!」
「まーまー。悪いヤツじゃねーからさ。」
「悪人だろうが善人だろうがダメだと言ったらダメだ!!!」
「んじゃ、そーいうコトらしいから、2人ともケンカしないようにネ。」
「うん!まかせとけ!!」
「・・・・・・。」
玄関のやりとりを聞いていたスマイルは、小さな同居人2人にそう言った。
シエルは胸を張り、ジャックはコクリと頷いた。
「待てアッシュ!!このDJもどきをなんとかしろ!!」
「MZDが連れてきたんだから、きっといい人っスよ。さあ、早く行かないとスタッフさんに怒られるっス。」
「んじゃ、お留守番よろしくネー!!」
ギャーギャー喚き続けるユーリを引きずりながら、アッシュとスマイルは仕事に向かった。
「さてと・・・俺は行くぜ。聞きたいことがあったら、ジャックとシエルに聞くんだな。」
「待ってください。」
ふわりと浮き上がったMZDに、男が声をかける。
「・・・私は帰れますか?」
相変わらず表情のない顔を自分に向け、冷静に問う男。
MZDはちょっと考え、口を開いた。
「少し時間がかかるかもしんねーけど、絶対なんとかしてやっから。」
ニヤリ、と笑顔を浮かべ、MZDはかき消すように3人の視界から消えた。
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