「・・・・・あのヤロー・・・。」
静かな部屋に、小さな声が響く。
アッシュがシチューを作りに階下へ降りていったのを確認すると、
KKは、くしゃ、と前髪をかきあげ、ため息をついた。
「・・・・・・。」
目の前に上げた手の平を、開いたり閉じたりしてみる。
特に痛みは無い。
もう1人のジャックに与えられたダメージは、
命に別状は無いとはいえ・・・内臓や骨に、少なからず損傷があったはずだった。
なのに、どこも痛くない。
先ほど本人が言ったように、完全に治っているのだろう。
「・・・なんでだよ・・・。」
死にたいわけじゃない。
でも。
俺は人殺しだ。
数え切れないほどの命を奪い、血だらけの手と、硝煙の匂いが染み付いた身体を持つ俺を・・・
なぜアイツは助ける?
「・・・・・・。」
ふと、隣りで眠るユーリに目をやる。
さっきの話によると、どうやら世界は、この吸血鬼に守られたらしい。
ブラウン管を通して見るのとは違い、
色の白い整った顔は、ある種の神々しさを感じさせた。
再び天井に視線を戻し、寝ているうちに・・・と思い、小さく口を開く。
「・・・ありがとよ。」
思ったより響いて、少し気恥ずかしかった。
ガラにもなく照れている自分に気づき、ごまかすようにして布団をかぶる。
小さいため息が2つ。
・・・2つ?
いやな予感がして、KKはゆっくりと横を見る。
さっきまで閉じられていた瞳は、ぱっちりと開いて天井を見上げていた。
「独り言が多いヤツだな。」
「なっ・・・!おま・・・!起きてたのかよ!?」
開口一番、ぼそりとつぶやくユーリに、KKは思わず体を起こしてツッこんだ。
大きな声に、眉間にシワをよせるユーリ。
「大声を出すな・・・頭に響く・・・。」
「あ・・・ワリ・・・。」
けして大きくないのに、よく通る艶のある声。
KKはスゴスゴと体を戻し、布団に入った。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
沈黙が流れる。
(・・・ま・・・間がもたねぇ・・・!)
引きつりながら必死に言葉を探すKKだったが、
なにを話すべきなのか、それともこのまま寝るべきなのか、
本当に、どうしたらいいのかわからない。
「・・・ジャックが、世話になった。」
もういいや、寝ちまおう・・・と思い、まぶたを下ろしたところへ、
一言、そう言われてまた眼を開く。
「ーーーーーー」
・・・て、天下の‘ユーリ様’にお礼言われちまったよー!!などと心の中で叫んでみる。
恐る恐る、目だけで隣りをうかがってみると、
目線を合わせるのがイヤなのか、ユーリは反対側に顔を向けていた。
照れて、いるのだ。
「・・・お、おう・・・。
別に、そんなたいしたことしてねーよ・・・。」
見てはいけないものを見てしまったような気がして、あわてて天井に視線を戻す。
同時に、自分の台詞に、また苦いものがこみ上げて。
「ホント・・・たいしたことしてねーのにな・・・」
「・・・・・・。」
KKが自嘲的な笑いを浮かべたのを、
気配で感じ取ったユーリは、少しだけそちらに意識を向けた。
相変わらず、血と死の匂いをまとう男。
ただ、殺人者にありがちな・・・心が腐るような湿気を、この男は持っていない。
男自身が持つ雰囲気と、鉄の匂いは、ごく自然なもののように感じられた。
まるで、産まれた時からそうだったように。
(・・・この感覚を、私は知っている。)
わずかに目を細め、ユーリは思った。
受け入れているのだ。
この男は。
自分の罪も、
そしておそらく、奪ってきた命が犯した罪さえも。
(全てを受け入れ、全てを覚悟して・・・)
「・・・どこへ・・・かえると言うのだ・・・?」
思考は、途中から形を成して空気を震わせる。
KKは特に驚いた様子も無く、ユーリの言葉を受け入れた。
・・・沈黙が流れる。
「・・・帰る場所なんか、ねぇよ。」
ゆっくり、言葉をつむぐ。
「行き着く先で・・・終わればいい。」
「・・・・・・。」
大きすぎない声は、天井へ吸い込まれていく。
(・・・終わることができない私は、どこへ行けばいい。)
そんな問いが頭をかすめるが、それが口をついて出ることはない。
無意味すぎるほど、無意味な問いだ、と自分に言う。
そして、それが下らないことだと言える強さが、今の自分にはあるつもりだ。
ただ、願うのは。
「その場所が・・・安らかであるといいな。」
名前を捨てたその男にとっても。
望まぬ永遠を与えられた自分にとっても。
「・・・ありがとよ。」
先ほどと同じ言葉だったが、少し色が違う感謝の意を受けて。
心地よい疲労感と安堵を感じながら、ユーリはゆるやかな眠気に身を任せた。
それから間もなく、ユーリが本当に寝てしまったとわかると、
KKもまぶたを閉じ、ゆっくりと眠りに落ちていった。
「・・・ジャック」
2リットルペットボトル入りのコーラを、一気飲み争いしているDes−ROWの連中を眺めていると、
隣りから声がかかった。
「・・・なんだ?」
名前を呼ばれたことに、少し驚いて横を見る。
すとん、と横に腰を下ろしたシエルは、笑っていた。
根が陽気な性格らしく、はじめは戸惑っていたが、
時がたつにつれ、リュータたち以外の人ともよくしゃべり、よく笑った。
「‘ばーべきゅー’って、美味いな。」
何度も繰り返したセリフだったが、繰り返すたび、本当に嬉しそうに笑う。
「ああ。」
「でも、あの‘こーら’ってヤツは、舌がピリピリする。」
「そうだな。」
串カツをかじりつつ、ジャックはあいづちをうった。
自分はこの世界の明るさに慣れるのに時間がかかったが、
シエルの場合、それはあまり心配ないようだ。
「・・・ジャック。」
「なんだ?」
「・・・なんでもない。」
へへへ、と笑いながら、紙コップに残っているオレンジジュースを飲み干す。
ジャックは少し考え、その意味が分かると、目を細めてシエルを見た。
「シエル。」
「・・・なんだ?」
「なんでもない。」
バーべキューよりもジュースよりも、コレが一番嬉しいことなんだろう。
自分に名前があって、呼んでくれる人がいる。
呼べる名前があって、答えてくれる人がいる。
慣れてしまえば簡単なことになってしまうのはなぜだろう。
こんなに暖かくて、切なくて、シアワセなことが、多分一番大事なことなのに。
痛いほど伝わってくる、感情。
「俺、思ったんだけどさ。」
「・・・?」
思い出したようにそう言って、立ち上がってこちらを見下ろすシエル。
ジャックは少し首をかしげた。
シエルは微笑み、薄桃色のこずえをあおぐ。
「やっぱ、サクラはこの色じゃなきゃダメだよな。」
ひとひらの花びらを、手の平に受け止める。
「・・・なぜ、助けた・・・か。」
まだ陽は昇らないが、東の空はぼんやりと青白く光り、朝が来たことを示す。
MZDはヤモリと共に空中に浮かび、あちこちで眠ってしまっている参加者たちを見渡す。
ぼそりとつぶやいたMZDを、ヤモリは目だけ動かして見た。
「ヤモリ、命に対して・・・神はどうあるべきだと思う?」
「知るか」
即答。
あまりに冷たい一言が、グッサリとMZDの頭に突き刺さる。
「お前なぁ・・・俺が珍しくマジメに話してんのによー・・・」
がっくり肩を落とすMZDを、目の端に捕らえ・・・ヤモリはため息をついた。
「珍しく・・・か。」
「・・・なんだよ。」
「お前はいつだって真面目だろ。」
なんでもないように言ってのけたヤモリに、MZDは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「バレた?」
「バレバレだ。」
ニヤニヤ笑いながら、覗き込むようにして目線をあわせてくるMZDに、
もう一度大きくため息をつく。
「なぁヤモリ。」
「あん?」
「・・・俺は、神だ。」
ふわり、と浮かび上がり、言葉を紡ぐ。
ヤモリは、地平線から溢れる金色の朝の光に目を細め・・・MZDを見上げた。
「全てを愛し、全てを許し、全てを救ってみせる。・・・音楽のように。」
朝日が顔を出した。
光に照らされた桜が、薄桃色の嵐のように渦を巻きながら・・・散っていく。
桜の花びらと光が雨のように降り注ぐ中、MZDは微笑んだ。
生ある者たちが・・・自分の力で、幸せを追っていけるように。
不変の運命から逃げるのではなく、変わり続ける未来を追っていけるように。
静かに朝の時は流れ、優しい風が吹く。
物語は、まだ始まったばかり。
PURSUER−追う者ー 完
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2つ前へ
あとがき