「・・・っく・・・う・・・」





静かな森に、押し殺した泣き声が小さく響く。

アッシュは少年を抱き上げ、城の中へと歩を進めた。
スマイルとジャックも後に続く。


「・・・・・・。」


ふと、足をとめたスマイルが、澄んだ夜空を仰ぎ見た。
そのまま動かない透明人間に、ジャックは不思議そうに視線を送る。
どうかしたのかと言葉にする前に、スマイルはその名に恥じない表情を浮かべた。



「オカエリ。」

「・・・?」



聞こえるか聞こえないかぐらいの音量でつぶやかれた単語。
スマイルの視線を追って空を見上げてみるが、
そこには、満天の星空と白く冴えた月以外・・・なにもない。
スマイルに視線を戻すと、彼も自分を見つめていた。









「・・・キミのかえる場所は、ココ?」









確認するように、静かにつむがれる言葉。

少し、背筋が冷えた。

細められた単眼はピタリと焦点をあわせ、自分はその視線に捕らえられている。
ときどき・・・なにもかも見透かしたようなまなざしで、スマイルは物事や人を見つめる。
それはなにかを、試しているようにも、裁きを下す審判のようにも見えた。
答えられなかったら旅人を食べてしまうという、スフィンクスの謎かけにも似ているかもしれない。


帰る場所?

それとも・・・還る場所?




「・・・・・・。」











違う。

ここは。
















「・・・オレはここで産まれて、ここで生まれていく。」






ここは、孵る場所。

























































PURSUER−追う者ー ‡Z













































































「・・・・・・。」


冷水で冷やしたタオルで、ゴシゴシと顔を拭く少年を囲み、
3人はソファーに腰をおろした。


「・・・ちょっとは落ち着いたっスか?」


アッシュの問いかけに、少年は小さくうなずく。


「じゃあ、あらためまして・・・俺はアッシュ。狼男っス。」
「ボク、透明人間のスマイル!よろしくネ♪」


自己紹介する2人を交互に眺め、困ったようにジャックの方へ視線を送る少年。


「・・・・・・。」


目が合ったが、ジャックもなんと言っていいか分からず、隣りにいたスマイルに視線を流す。
スマイルは伝言ゲームのように、送られてきた視線をアッシュに向けた。


「え・・・なんで俺の方見るんスか?」
「・・・なんとナク・・・。」


なんとか城の中に引き入れたものの、なにから話せばいいのやら。
自分がここに来た時もこんな感じだったのだろうかと、ジャックは思いを馳せた。
中心にいる少年は、キョロキョロとあたりを見回している。


「・・・あ、ここはユーリっていう人の城なんスよ。」
「今ちょっと留守してるケドね。」
「今夜はどうするっスかねぇ・・・。ジャック、あれからなにか食べたっスか?」


アッシュに言われて初めて、お花見に行ってから何も食べてないことを思い出した。
あわてて、ブンブンと音がするぐらい首を横に振る。


「君も・・・お腹すいてないっスか?」


アッシュの問いに、少年はまたもやジャックの方を見る。


「6時間以内に食事は取ったか?」


ジャックの言葉で、やっとアッシュの言いたいことを理解したらしく・・・少年は小さく首を振った。


「ようするに腹ペコってことだネ。」
「それじゃ、ちょっと遅くなったっスけど、晩ご飯作るっス!
 下ごしらえはしてあるっスから・・・シチューでいいっスか?」
「えー!カレーじゃないのん?」
「お腹に優しいシチューにするっス。」


ブーブー文句を言うスマイルを押しのけ、キッチンに向かうアッシュ。


「ちょっと待ってるっスよ。・・・ん?」


なにかに気づいて、アッシュは足を止めた。
大きな耳がピクンと動き、視線はドアを捕らえている。
ジャックと少年も、アッシュの目線を追ってドアを見た。
スマイルだけは、相変わらずソファーに身体をあずけ、ニコニコしている。




「誰か来る・・・。」
「こんな時間に、誰っスかねぇ?」



「・・・囲まれている。」












立ち上がり、少年はハッキリと言葉を紡いだ。














「・・・少々、軍の到着が早まったようだな。」


傍らに座るジャックを一瞥し、はき捨てるように言う。
ジャックはチラリと少年を見ると、立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。


「・・・なっ・・・お前!」


急速に近づいてくる気配は、どうやらドアに体当たりするつもりらしい。
あわてて手を伸ばしてくる少年の気配をよそに、
ジャックはタイミングを見計らって、勢いよくドアを開いた。




























































「いい人アターーーーッぐはぁ!!?ゲフぅっ!!!!」



































勢いよく飛び込んできたのは、サイバーだった。
まさか急にドアが開くとは思ってなかったらしく、ズザザザーと顔面で床掃除をしてしまった。


「・・・・・・。」


突然のことに、少年はパチパチと大きくまばたきする。


「わ・・・うわわわ!!大丈夫っスかーーー!!」
「ヒッヒッヒ〜!相変わらず面白いネ!」


あわてて駆け寄る狼男。
お腹を抱えて笑い出す透明人間。
少年はポカーンとその様子を見つめていたが、ハッと我に帰ると
説明を求めるように、ジャックに視線を送った。


「・・・軍は来ない。」


ジャックはその視線に、ただ一言そう告げた。


「あああ、サイバー先輩!だからやめましょうって言ったのに!!」
「相変わらず、デカイ城だな・・・。」


外から聞こえる声。
ドアに目線をやれば、いつもの2人がテクテクと歩いてくる。


「よっす。」
「ごめんねジャック、びっくりしたでしょ?」
「・・・いや。」


短いが精一杯の挨拶をして、ジャックは友達の顔を見上げた。


「アッシュさんもすみません、ウチのサイバー先輩が馬鹿で。」
「・・・変な謝りかた・・・するな・・・!!・・・ガフぅ(吐血)」
「わーーーーーー!!サイバーくん!死んじゃダメっスーーーーーー!!」
「だいじょうぶっすよ。そんくらいで死んでたら警察いらねーし。」
「なんだかムチャクチャ言われてるネ・・・。」


ガクガクとサイバーを揺さぶるアッシュに、
全然気にもかけていない残り2人。
とりあえず、ジャックは少年に3人の名前を教えてやる。


「あれがサイバー、そっちがハヤト、この金髪がリュータだ。」
「・・・・・・。」


ジャックの声に、ハヤトとリュータが少年の存在に気づく。


「あれ・・・ジャック、その子誰ですか?」
「クリソツじゃん。兄弟?双子?」


少し背をかがめ、ジャックと少年を交互に見るリュータに、少年は半歩、後ずさりする。


「・・・・・・。」
「・・・んな、あからさまに警戒するなよ・・・。」
「きっとジャックと一緒で、人見知りさんなんですね。」


リュータは少しムッとしたが、そんなには気にしてはいないようだった。
ハヤトは少年に優しく微笑みかける。


「僕はハヤト。よろしくね。よかったら君の名前も教えてくれる?」


ハヤトの言葉に、少年は気がつかれない程度に・・・
だが、明らかに顔を歪ませた。











名前など、自分にはない。












「・・・シエル」


隣りにいるジャックが、そっとつぶやいた。
反射的に、目を丸くしてそちらに顔を向ける少年。


「シエルっていうんだ。」

「・・・・・・。」


とっさの判断だった。
スマイルが少年のことを、「シエル」と呼んでいたのを思い出して、
それが数字から来た呼び名だということも思い出して。


「シエルかぁ。いい名前だね。」
「兄弟か?」


さっきと同じ質問をするリュータ。
また少し顔を歪ませる少年―――シエル。


「友達だ。」


迷いなくそう言ったジャックに、シエルはますます目を丸くする。


「ふーん・・・。俺はリュータ。よろしくな、シエル。」
「俺はサイバーだっ!!ジャックの友達なら、俺らの友達だなっ!!」


唐突に復活したサイバーに、ガシッと肩を組まれ、あわあわと腕を泳がす。
あまり慣れない行動に、抵抗しようにもどうしたらいいのか分からない。


「ちょっとサイバー先輩、シエルが困ってるじゃないですか。」
「別にいいだろー?男なら肩を組んで歩くもんだって!!」
「・・・う、あ・・・」

「あのー、盛り上がってるところ悪いんスけどー・・・」


このままではラチがあかないと踏んだアッシュが、
話を切り出そうと、ギャーギャーわめく子供たちの中に入った。




「なんで、サイバーくんたちはこんな時間にここへ来たんスか?」

「・・・え・・・?」




アッシュの言葉に、きょとんとする学生トリオ。


「なんで、って・・・。なぁ?」
「MZDから聞いてないんですか?」

「・・・はぁ・・・。特になにも聞いてないっスけど・・・」


意外そうな顔をする2人に、アッシュはポリポリと頭をかきながら返事をかえす。


「んー。んじゃ、外、見てみろよ。」
「もうそろそろ、みんな集まった頃じゃねー?」


くいっと外を指すリュータに、窓へ駆け寄っていくサイバー。
ジャックとアッシュもそれに続く。
窓の外には美しい三日月に満天の星、静寂の森が広がる。
そして。






「・・・・・!」

「え・・・えええ!?」







城の前には、キレイに刈り取られた芝生が絨毯のように敷き詰められている。
それは、城を中心にかなり広い庭のようになっていて、
アッシュが洗濯物を干したり、スマイルが昼寝をしたりするのに格好の場所なのだが・・・

今、その広い庭は人で埋め尽くされていた。

よく見ると、誰も彼も見覚えのある顔である。
古株のアーティストから、つい先日仲間入りをした駆け出しの歌手まで・・・
ポップンパーティの参加者が、ユーリ城の庭に溢れていた。






「な・・・ななな・・・な・・・」


久しぶりに会ったのだろう、あちこちで楽しそうに会話する姿が見える。
芝生の上にシートを引いてる人や、
持ってきた食べ物を振舞う人。
ちょっと奥に入ったところでは、酒盛りも始まっている。


「ヒッヒッヒッ♪」


アゴが床にめり込んでいるアッシュの横をすりぬけ、スマイルが外へ出て行く。
リュータもその後を追った。


「ほらほら、アッシュさんもジャックもシエルも、早く早く!!」


ハヤトに腕を引っ張られ、「なななな・・・」とうわ言のようにつぶやきながら
アッシュも外へ出た。
サイバーに引きずられるようにして、シエルも外へ出る。
あわてて、後ろに続いて外に出たジャックが見たのは、
夜空にフワフワと浮かぶ神の姿だった。

ジャックと目が合うと、その口と目がニヤリと笑う形になる。


「MZD・・・!」


ジャックの声に、シエルも上を見上げ・・・MZDを視界に捕らえる。














(・・・あれが・・・神・・・?)














ジャックとシエルの目が自分に向けられたことを確認すると、
MZDは右手をあげ、左手でヘッドホンからマイクを引き出し、口元に持っていく。
・・・そのまま大きく息を吸って。





「レディーーース!!エぇーン!ジェンッッットルメン!!!」





それまで、各々飲んだり食べたりしゃべったりしていた参加者たちが、
その声でいっせいに空を見上げ、MZDに拍手をおくる。
ところどころから歓声もあがり、すっかりパーティ状態である。


「今夜は忙しいところ、スケジュール合わせて来てくれてマジサンキュー!ありがとよっ!!」


くるくると向きを変え、一人一人に目を合わせながら声をかける。
会場もすっかりノリノリで、MZDの言葉に「いぇーい!」と歓声で応えた。


「まぁ、今年も無事に春を迎えられたっちゅ−ワケで、
 いっちょ盛り上がっていくぜ!オールスター新年会&お花見大会だっ!文句はねーな?
 あっても聞かねーけどなっ!!」


またもや歓声が上がる会場。
と、人の波の中から2人、なにかわめきながら出てくる人がいる。


「ちょっとMZD!新年会はわかるけど、お花見って・・・ユーリの城には、桜なんかないじゃないのよっ!!」
「ニャミちゃーん!待ってー!」


誰かと思えば、ポップンパーティの司会者、ミミニャミである。
少々出遅れてきたらしく、2人とも肩で息をしている。
ビシッとMZDに人差し指を向け、ズバリ指摘してみせるニャミの後ろで、
ミミは人ゴミの中から這い出ようと四苦八苦していた。


「はァ〜ん。心配すんなって!桜はこれから咲かすんだからよ!」
「ならいいけどー?ちゃんと一日で戻るようにしなよー?」
「なーんだよ!その疑わしげな目はっ!!俺を誰だと思ってやがるっ!」
「えー・・・女たらしのDJもどき、かな。ときどき神。」
「ときどきってなんだよ!!ときどきって!!」


プンスカ頭から煙を吹くMZDと、腕を組んで空にいる彼にとんでもない発言をするニャミに、
会場はどっと笑いに包まれた。










「・・・あれが・・・お前の言う神か・・・?」


横から投げかけられた声に、ジャックは上に向けていた視線を下ろす。
シエルは上を見上げたまま・・・少し呆れたような顔をしている。
ジャックは視線をMZDに戻し、言葉をつむいだ。


「見ていれば、分かる。」


ジャックの言葉が終わるか終わらないうちに、
MZDは静かな森に向かって、両腕を大きく広げた。







「・・・神直々のお出ましだ。もてなしてもらうぜ。」






下にいる者たちには聞こえないくらいの音量でつぶやく。

胸の前あたりに、空気が小さく渦を巻いた。
それはMZDの前髪を少しだけ揺らし、次の瞬間、
MZDを中心にして、人を、木々の間を、一陣の風となって吹き抜けた。











































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