ユーリ城を取り囲む広大な森は、葉を落とさない。
城を守るように、夏でも冬でも鬱蒼と茂り、場所によっては昼間でも暗いほどだ。
・・・まるで時が止まっているかのように、その姿に変化はない。
だが、今。
「・・・・・・!」
おそらくその場にいた者全員が、目の前の光景に息を呑んだことだろう。
MZDを中心に、さわやかに吹きぬけた一陣の風は、
深緑の森を鮮やかな薄桃色に染め上げた。
「・・・うし。」
山のふもとまで木々が花開いたのを確認すると、
MZDは満足気にうなずいた。
一瞬の間のあと、わぁーっ!という歓声と惜しみない拍手が沸き起こる。
今宵一夜のためだけに咲いた桜は、ぼんやりと淡い光を放ち、見上げる人々の笑顔を映し出した。
「すごい・・・」
隣りでぼそりとつぶやかれた言葉に、ジャックはそちらを向いた。
シエルは、はらはらと落ちてくる花びらに両手を差し伸べ、
夜空をバックに咲き誇る木々を見上げる。
その顔は、興奮しているのか、少し赤くなっていた。
「・・・ああ。」
短く、少年の感動に同意する。
日ごろから不思議なことばかり起こしているMZDだったが、
こんなに大掛かりなものは初めてだ。
「やっぱスゲーな!MZDは!!」
「よくこんなこと思いつくよなーあの人。」
「キレイですねぇ・・・」
学生トリオからも、自然と笑みがこぼれる。
「あれ・・・なんか、いい匂いしません?」
「ホントだ・・・!肉の匂いだっ!!」
「あそこじゃね?ほら、バーベキューやってる。」
「うおおっ!行こうぜ!!行くしかないっ!!」
我先に!と走り出したサイバーが、残っているリュータやジャックをせかす。
「早く早く!!取られちまうだろっ!?」
「そんなにすぐに無くならねーよ。」
「あ、先輩待って下さーい!」
じたばたと足踏みするサイバーをたしなめながら、リュータも歩き始める。
ハヤトもあわててその後を追った。
「ジャックもシエルも早くしろよー!!」
「え、あ・・・」
「あーもーじれったいなー!ほら、行くぞー!!」
「わっ!!」
ぼーっとしている2人を見かねたのか、サイバーはシエルの手を握って走り出した。
あわあわと後を追うハヤト。
リュータもため息をつきながら歩を進めたが、
ジャックが動かないのに気づき、振り返った。
「どうかしたか?」
ジャックの視線を追ってそっちの方向を見ると、
アッシュが人ごみの中をウロウロしている姿が見えた。
「・・・すぐ行く。」
「おう。」
小さくそう言って、アッシュの所に向かうジャックに
短く答えを返し、リュータはその場を後にした。
「・・・・・・。」
ときどき声をかけられるが、あいまいな返事をかえし、
アッシュはひたすら人の中を歩き回った。
(ユーリ・・・!)
頭によぎるのは、尊大で美しい吸血鬼の顔。
ジャックは帰ってきたのに、彼は帰ってこない。
アッシュは立ち止まり、あたりを見回した。
一緒に城から出てきたはずのスマイルも、いつのまにか姿を消してしまっている。
「アッシュ!」
聞きなれた声に振り返ってみると、ジャックが自分を見上げていた。
「どうした?スマイルとユーリは・・・どこだ?」
「それが・・・。」
「おう。ご苦労だったなーお前ら。」
唐突に聞こえてきた声に、2人は上を見上げた。
長いマフラーをなびかせ、片手で帽子を押さえて、神が降りてくる。
ストンと地面に足をつけたMZDは、至極楽しそうに笑みを浮かべて見せた。
「MZD!聞きたいことが・・・!!」
「あーあー。わかってる。言わなくてもいい。」
「MZD・・・」
「あーあーあー。お前の好きにしろ・・・いや、したか。よくやった!以上。」
2人に挟まれ、両側から問いをぶつけられるが、手を振って軽く流す。
「とりあえず・・・ジャック、お前はバーベキュー行け。」
「え・・・」
「シエルが困ってるだろ。行って助けてやれ。」
なぜシエルという名前を知っているか、とか言うのは聞くだけムダだろう。
少し考え・・・ジャックはうなずいた。
すぐさま、人ごみをかきわけてバーベキューに向かう。
「・・・さて、お前はこっちだ。」
MZDに連れられて入ったのは、ユーリ城の中にある寝室の1つだった。
そこには、スマイルとヤモリ、そしてベッドに横になっているユーリとKKが居た。
「ユーリっ!!」
「アッスくん、しー!!」
あわてて駆け寄るアッシュに、スマイルは人差し指を口に当てた。
反射的に自分の口を押さえるアッシュ。
「よく眠ってる。」
「スマイル・・・」
安心させるように言うスマイルに、
アッシュは何がなんだかわからない、という感情を込めて視線を送る。
スマイルは微笑みながら、眠るユーリに目を落とした。
「ボクらはまた、この人に助けられたってワケ。」
「・・・はぁ・・・」
「KKといいユーリといい、お前ら神に頼らなすぎなんだよ・・・。」
苦笑しながら話すMZDは、どこか嬉しそうで。
アッシュはますます首をかしげた。
「・・・すごいよネ。次元の穴、一人で塞いできちゃうなんて。」
ため息交じりで紡がれたその言葉を、
アッシュが理解するのには、少々時間がかかった。
「え・・・ええええええぇぇ!!?」
「アッスくん、しー!だってば。」
またもや大声を出すアッシュを、スマイルは軽くにらみつけた。
「だ・・・だだだだだって、それはMZDがやったんじゃ・・・」
「俺、今回は何もやってないぜ。」
「・・・はぁ・・・。」
あわあわと無意味に両手を動かすアッシュに、
MZDはあっけらかんと言った。
後ろにいるヤモリが大きなため息をつく。
「なんだよヤモリ。最初に‘俺はどうもしない’って言ったろ?」
「・・・サボり神め。」
「なにィっ!言ったなこいつ!!」
ヤモリに怒鳴るMZDに、アッシュとスマイルが唇に人差し指をあてる。
MZDは、反射的に先ほどのアッシュと同じように、あわてて口を押さえた。
バツが悪そうに頭をかきながら、もそもそと後を続ける。
「お前らなら、自力でなんとかするだろうと思ってさ。
ちゃーんと一部始終見てたし、コイツらの怪我も治癒しといたからよ。
ま・・・沈黙しっぱなしだったのは、治したのと桜でカンベンしてくれ。」
そう言って窓の外を見る神の視線を追って、アッシュとスマイルも外に目をやる。
窓から見下ろす桜の森は、まるでピンク色の海のようだった。
「・・・さて、と。」
しばらく桜を眺めていたスマイルが、立ち上がって伸びをする。
「ボクもバーベキュー行ってくるネ。お腹ペコペコだヨ〜!」
「行ってらっしゃいっス。
・・・俺もシチュー作るっスかねぇ。
あ、あの、ユーリとKKさんは・・・」
「明日の朝には起きるだろ。放っといて大丈夫だと思うぜ。
なんてったって、ユーリだからな。」
「ユーリだからねェ・・・。」
「そうっスねぇ・・・。」
「・・・じゃ、オレ帰るから。」
ははは・・・と乾いた笑いを浮かべる3人に背を向け、
ヤモリは部屋のドアノブに手をかけた。
「あ、ありがとうございました!ホント、お世話になったっス・・・!」
「・・・別に。大したことしてねーよ。」
「ちょっと待てヤモリ!帰るって・・・お前、本気か?」
「なんだよ・・・帰ったら悪いか。」
「こんな日に騒がないで帰るヤツがいるか!!」
「は・・・?」
「今日は無礼講だっ!飲むしかないっ!行くぞスマイル!手伝え!!」
「ヒッヒッヒ!神の命令なら仕方ないねェ・・・」
「は!?ちょっ・・・!!」
あわてて逃げようとしたが時すでに遅し。
ヤモリはアッという間に包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。
「バッ・・・!やめろ放せ!オレは帰る!!」
「このまま階段下りてやろーっと。」
「イヤだーーーーーーーーーーーーーーー!!」
包帯の先を持ち、ズルズルと引きずりながら部屋を出て行くMZD。
「んじゃ、アッスくん、あとヨロシクねーvv」
「はいっス。」
ニコニコ笑いながらスマイルも後を追う。
間もなく階段の方向から聞こえてくるだろう、
悲鳴を上げるもう一人の神に、心の中で合掌するアッシュだった。
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