この世界に来て、この城に来て、ここに住んで、この三人と過ごして。
バレンタインデー
その日の朝は、珍しくユーリが早起きで、四人一緒に朝ごはんを食べた。
アッシュは食器を片付け、ユーリは新聞を片手にコーヒータイム。
キッチンはごく普通の朝をむかえていた。
が、スマイルだけがそわそわとリビングをうろついている。
いつもと少しだけ様子が違う城の中で、ジャックはどうしたものかと考えながら、
ぼんやりと住人の様子を眺めていた。
しばらくたった今も、その状況はさして変わっていない。
会話がない。ないのだが、気まずい雰囲気ではない。むしろその逆のような気がする。
でもその理由が、ジャックには全くわからなかった。
沈黙が苦しくて、一向に落ち着く気配のないスマイルに、
なぜそわそわしてるのかたずねようか否かと悩んでいると、
見計らったようにインターホンが鳴った。
「ジャック!そっちの机のはしを持って下さいっス!」
次々と運び込まれる大きな箱、箱、箱。
さっきの静寂はどこへやら、リビングは上へ下への大騒ぎになっていた。
その様子を、半ば呆然と見ていたジャックは、アッシュに声をかけられ我に帰る。
「とりあえず、廊下に出しとくっスよ。」
「・・・アッシュ・・・一体これは」
「ああ!その椅子は大きいから、となりの部屋にお願いするっス!」
アッシュとジャック、運搬業者らしい二、三人が家具を片付け、
空いたスペースにダンボール箱が積み上げられていく。
スマイルがその間を歩き回り、箱を片っ端から開けていったので、
運搬業者が帰るころには、広いリビングは包装紙の色彩と、
かすかな甘いにおいでいっぱいになっていた。
「それ、ジャッくんのぶんだからネー。」
スマイルの声に、示された方向を見ると、届いた荷物の5分の1ほどが
小さな山になって置いてある。
それを眺めながら、ジャックはようやく疑問を口にすることができた。
「・・・なんだこれは。」
きょとん。
ジャックの質問に、自分の山の整理をしていたアッシュとスマイルは、
一瞬驚いたがすぐに笑顔に戻る。
「これはファンの皆さんからのチョコレートっスよ。」
「そっかぁ。ジャッくんはバレンタインを知らないんだねェ。」
「・・・ばれん、たいん・・・?」
頭の上に「?」を浮かべたまま、スマイルの言葉を繰り返すジャック。
それと同時に、ユーリがキッチンから姿を現した。
チョコの整理を手伝う気はさらさらない様子の彼に、アッシュが声をかける。
「ユーリのはそこの山っスよ。」
「また増えたな・・・。」
「ヒッヒッヒッ☆いいコトじゃーん?」
三人の会話を聞きながら、ジャックは自分の山からひとつ取り上げ、包装をといた。
『ポップンパーティへの再登場を期待してます!これからもがんばって下さいね!』
そう書かれたカードとアッシュの言ったとおりチョコの入っている小さな箱を交互に見る。
差出人は女の子のようだが、知らない名前だ。
━━━なにがなんだかわからない。
「なにがなンだかわかんない、って顔してるネー。」
スマイルは、うつむいているジャックの顔をニコニコとのぞきこんだ。
悪かったな、という目で視線を返されたが、スマイルは気にしない。
「2月14日・・・つまり今日は、バレンタインデー!!一年に一度の闘いの日なのサ!!」
ビシィ!と天井を指差し、無駄にキメるスマイル。
ジャックの頭上に「?」が追加される。
ユーリのため息。
「アッシュ・・・。」
ジャックが変なことを吹き込まれないうちに説明しろ、という無言の命令である。
「えーと、バレンタインデーっていうのは、女の子が好きな男の子にチョコを上げる日なんスよ。
べつに天下一武道会をやるわけじゃねぇっス。」
「女のコは、ライバルを押しのけ片思いから両思いになれるか!
男のコは、好きなコからチョコをもらえるか!またはもらったチョコの数はクラスで一番か!
これを闘いといわずして何を闘いと言うンだねキミたちはー!!」
間。
「・・・かたおもい・・・ってなんだ?」
肩重い?
さらに追加される「?」。
「・・・あーもー!スマがわかりにくいこと言うから、ジャックが混乱してるじゃないっスか!」
「ボクのせいなのー?」
「あのですね、片思いっていうのは、片方はもう片方のことが好きだけど、
もう片方はそうじゃないというか気づいてないというか・・・」
「???」
「アッスくんがさらに混乱させてるじゃん!!」
「そ、そんなことねぇっス!いいっスか?バレンタインデーというのは・・・」
「恋の闘いが全世界で行われる隠れオリンピックみたいなモノ!ホラ、わかりやすいでしょー?」
「だーもう!!余計わからないっス!アンタちょっと黙ってるっスよ!!」
どんどんワケがわからなくなっていく会話。
二人のあいだに挟まれたジャックは、頭上の「?」に今にもおしつぶされそうだ。
だんだん音量を増していく狼男と透明人間の言い争いに、
一つ一つ箱を手にとって眺めていた吸血鬼は顔をしかめる。
できれば関わりたくない低次元な会話だが、このままではリビングが片付かない。
というか、五月蝿い。
「ジャック。」
ため息と、少しの苛立ちが混ざった声で名を呼ばれ、ジャックは振り返った。
同時に、アッシュとスマイルも言い合いをやめ、ユーリの方に顔を向ける。
「つまりは、そこにある包みの数だけ、お前に心をくだく者がいるという話だ。」
「心を・・・くだく・・・?」
「好きだ、ということだ。」
「・・・・・・スキ・・・?」
「わかったらさっさと片付けろ。」
ちらり、と向き合ったままの二人に目をやる。
その視線にハッ!と我に帰ったアッシュが、あわてて指示を出す。
「まず生チョコとそうでないのを分けてください!
余裕があったら、チョコ100%のとそうでないのとも分けて欲しいっス!」
「エー!?今からやるの!?」
「当たり前じゃないっスか!生チョコは溶かして今日中にチョコスポンジに作り直すっスよ!」
「めんどくさいなァ・・・
あ!ユーリ!今年はちゃんと手伝ってよネ!」
新聞とコーヒー片手にリビングを出て行こうとするユーリに、あわてて声をかけるスマイル。
「・・・なにか言ったか?」
「・・・ナンデモナイ・・・。」
なぜ私がそんなことをしなければならないのだ。
と、顔に書いてある。ムリだと判断。
「まぁ、今年はジャックがいてくれるから、おやつまでには終わるっスよ、きっと。」
「そだねぇ。やるしかないか・・・。これもモテる男の宿命ってカンジ?」
「はいはい。口じゃなくて手を動かすっスよ。」
「・・・・・・。」
ふと見上げた先には、さっきのカードをじっと見つめるジャックの姿。
「ジャック?」
「ン?・・・どうかしたー?」
「・・・なんでもない。」
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