見つめ合う。
それはよくドラマである恋人同士のロマンチックな視線の交わりとは程遠いものだった。
少なくとも、この状況では。
ある日ある朝
アッシュは狼男である。
狼男というからには、人と獣、二つの姿を持ち合わせているわけだが。
満月や新月の時はともかくとして、自分の姿を変えることは、彼にとってさほど難しいことではない。
ときどき・・・スランプというか不調の時があり、彼は今、望まずに獣の姿になっている。
そう、10人中12人はその生き物をこう呼ぶだろう。
犬、と。
(なんで人型にもどれないんスかーーーーーーー!!!)
自室で目を覚ました時、既に犬・・・いや狼になっていた自分。
さっきから何度も何度も試みてはいるのだが、どうしても人型に戻れない。
(うぅ・・・よりによってユーリがいないときに・・・。)
この城の城主であり、今をときめくヴィジュアルバンドのボーカルでもあるユーリは、なにかと忙しい。
アッシュも負けず劣らず忙しいのだが、不幸中の幸い、今日はオフだった。
たまりにたまっている家事仕事をやらなければいけないのに、これではどうしようもない。
一番の悩みのタネは、小さな新しい同居人・・・ジャックが、自分がこの姿になることをまだ知らないこと。
スマイルの部屋に向かう途中、見つかったりしたら・・・。
この姿では人語も操れない。いらぬ誤解をさせること間違いなし。
(どうしよう・・・・。)
起きてくる気配のない自分を不思議に思って、
スマイルが部屋の扉を開けてくれるのを待とうかとも考えたが、
昨日、ギャンブラーZのスペシャルがTVでやっていたのを思い出し、あきらめた。
彼は今、テープが擦り切れるまで、繰り返しその番組を見ているだろう。
こっちから行くしか方法は残っていなかった。
とりあえず、やっとのことでドアを開け、廊下に出て数歩歩いた途端、ばったり鉢合わせた。
そして、今に至るわけである。
それはどうみても犬だった。
ジャックは突如として現れたその生き物に驚きつつも、なんとか冷静を保ち、考えを巡らせる。
ここに来て3、4ヶ月ほどたつが、犬を飼っているという話は聞いてないし、
また、そんなそぶりはなかったように思える。
(この城の犬ではない・・・ということは、迷い込んだのか?)
(・・・・・・・;;)
逃げるタイミングをカンペキに逃した。
心のコマンドに「にげられない!▼」の文字が出ているのを感じながら、
アッシュはその場につっ立っていた。
((・・・・・・・・どうしよう))
お互いに目線を外せないまま、同時に心の中でつぶやく。
おずおずと手を伸ばし、そっと頭に触れてみる。
ビク、と反応したが、犬は逃げなかった。
・・・どうやらずいぶん人に慣れているらしい。
ユーリ城は深い森の中にある。
野犬ならともかく、こんなに人に慣れている犬が迷い込むなんて・・・
「お前・・・捨てられたのか・・・?」
(うわぁああぁメチャメチャ誤解されてるっスーーーーーーー!!!!)
あわてて首をちぎれるぐらいブンブンと横に振る。
まるでこっちが言った言葉を理解したような反応。
人に飼われていたのなら、多少はわかるのかもしれない。
「・・・だったら、なんでここに居るんだ?」
と聞くと、今度は困ったように下を向いてしまった。
(なんでって言われても・・・なんて説明したらいいんスかね・・・;;)
(・・・自分が捨てられたということを、受け入れたくないのかもしれない・・・)
ザ★勘違い!(笑)
落ち込んでいるらしい犬を、そっと抱き上げる。
(な、なんスか?どこ行くっスか?)
犬を抱いたまま、ジャックはすぐそばのアッシュの部屋をのぞいた。
当然のことながら、部屋には誰も居ない。
少し首をかしげ、今度はキッチンに向かう。
(・・・俺を探してるんスね・・・)
リビング、洗面所、庭、地下のスタジオ。
思いつく限りの場所を探したが、あの優しい狼男の姿はどこにもなかった。
歩き回るのに疲れ、リビングのソファーに腰をおろすジャック。
「いない・・・。」
(いるっス。ここっス。)
ぼんやりつぶやくジャックに心の中でツッコミ。同時にため息をつくアッシュ。
ユーリが不在の今、あと頼れるのは・・・
「アレ?ジャッくんじゃん。どしたの?」
ジャックが出した答えも同じだったらしく、2人・・・いや1人と1匹は、
残るもう一人の同居人、スマイルの部屋の前に立っていた。
部屋から顔を出したスマイルに、これ、とジャックは腕の中の犬を差し出した。
一目見て、それがアッシュだとわかったスマイルは、少しかがんで目線を合わせる。
(なんで犬になってんのサ・・・)
(いいから!早く俺が‘アッシュ‘だってことをジャックに教えてあげるっス!!)
目で交わされる会話。
しばらくジャックと犬アッシュを交互に見ていたスマイルだったが、
アッシュにだけわかるように、ニヤリ★と、あの笑いを口元に浮かべた。
アッシュの背筋に冷たいものが走る。
(ちょ・・・スマ、まさか)
「どっから迷い込んだんだろうネ〜・・・。」
(ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!)
いやに真剣に考え込むフリをするスマイルに、アッシュは心の中で悲鳴をあげた。
「アッスくんはなんて言ったのん?」
「・・・探したけど、いなかった。」
( こ こ に 居 る っ ス よ !!)
「買い物にでも行ったのかナー??」
「・・・さぁ・・・」
わざとらしく首をかしげる透明人間を殺気こめまくりでにらみつけるが、
しょせんは「3」の目。
全然怖くない。
「でもさー。うーん・・・。
アッスくんはともかく、ユーリは怒りそうだよねェ・・・。」
「・・・・・・?」
ヤバイ。
アッシュは思った。
顔は考えを巡らせるフリをしているが、目は本気で笑っている。
全開だ。
アッシュは心から願った。
これ以上話をややこしくしないでくれと。
「ホラ、ユーリってアレっぽくない?
見つかったら、『捨ててこい!!』見たいなふうに言われちゃうかもネー!」
成功。
というスマイルの笑みが見える。
抱かれていて見えないが、ジャックは今、ショックを受けたような顔をしているだろう。
自分を抱える腕に力が入る。
子供が自分の大切なものを守ろうと思ったら、その手段はあまり多くはないだろう。
一番手軽で、一番早く実行でき、なおかつ一番安全な方法・・・
「・・・・・・ッ隠してくる!!」
(やっぱりーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!)
すぐさま元来た道を引き返すジャック。
その手に抱かれたまま、涙ちょちょぎれ状態のアッシュを、
スマイルは白いハンカチをふりふり、満面の笑みで見送った。
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