ああ 主よ
私はまことにあなたのしもべです
私はあなたのしもべ
あなたのはしための子です
あなたは私のかせを解かれました
私はあなたに感謝のいけにえをささげ
主の名を呼び求めます
ハレルヤ
LOGOS
「・・・とは言ったものの・・・どこ行く?」
ここはメルヘン王国の都心部。
仕事でスタジオに向かったDeuilとは、夕方、同じ場所で待ち合わせて帰ることになっている。
Lがどこかへ行きたいと言ったので、とりあえず街へ出てみたのだが。
「L、どっか行きたい所とかあるか?」
「そうですね・・・」
適当に街中を歩きながら、これからの予定を考える。
「よく街には出るのですか?」
「そだなー。サイバーん家に行くことが多いけど・・・たまにKKの家にも行く。」
「その人たちも妖怪なのですか?」
「いや、人間だ。」
ポケットに手を突っ込んだLを真ん中に、3人はてくてくと歩いていく。
今は夏休みで、歩行者天国は家族連れやカップルで賑わっていた。
「是非、話をしてみたいですね。」
「でも、サイバーは家族で海に行ってるし・・・
たぶんリュータとハヤトも一緒だろうからなぁ。KKの家行くか?」
「・・・・・・。」
目的地に、KKの家を挙げるシエル。
話を振られ、ジャックは少しだけ目を細めて、小さく首を横に振った。
ジャックの様子に、Lは首をかしげた。
「どうしてです?」
「・・・あ、いや、やっぱ止めとこう!!」
KKの職業を思い出し、シエルも首を振った。
Lのことだ、KKの正体を見破ってしまうかもしれない。
危ない橋は、渡らないに越したことはなかった。
「そうだなー・・・前、みんなで行ったデパートとかに行ってみるか?」
「私はこの世界のことが知りたいのです。そのKKという人に会わせてくれませんか。」
ジャックとシエルの様子が変わったことに気づき、Lは言葉を紡いだ。
「私とその人が、会ってはいけない事情でもあるのですか?」
「いいや!ない!そんなこと全然ないぞ!!」
Lの言葉に、あわてて顔の前でブンブン手を振るシエル。
それに合わせて、ジャックもコクコクとうなずいた。
「なら、会わせてください。」
Lが、一度言い出したら聞かないというのは、毎日の食卓で立証済みである。
アッシュなら話は別だが、ジャックとシエルでは到底かないそうにない。
(ま・・・この時間なら、仕事でいないだろうし・・・)
(そうだな・・・)
目だけで会話し、頷きあう子供2人を見下ろすL。
「・・・・・・。」
黙ったまま見つめられると、恐いものがある。
ジャックとシエルは、早く行って早く帰ろう!と、足早にKKのマンションへ向かった。
「・・・・・・あ゛ー・・・ジャックか・・・。」
インターホンを鳴らして3秒後。
黒いTシャツに灰色の綿パンという格好で、
ボサボサの頭をがしがしかきながら・・・KKが顔を出した。
どうやら寝起きのようである。
(なんで居るんだよ!!バカ!!)
(こういうときに限って・・・)
「これはまた・・・ずいぶんと庶民的な。」
ピクピクと顔を引きつらせているシエルとジャックの後ろで、Lが少し驚いたように言う。
「・・・誰だァ・・・?ここには、あんま来んなっつっただろ・・・?」
くわ・・・と大きなあくびをしながら、KKはLを見る。
頭上で交わされる視線に、子供2人は身体をこわばらせた。
KKの部屋には、少なからず銃火器が置いてあるはずだ。
仕事帰りでそのままなら、放置してあるかも知れない・・・
追い返してくれと祈りながら、大人2人の様子をうかがう。
「・・・立ち話もなんだ、上がってくか?」
「ありがとうございます。」
(こんの・・・!!!)
(人の気も知らないで・・・!!!)
遠慮する様子などカケラも見せず、
狭い玄関でかかとを踏んで履いていた靴を脱ぐと、Lはズカズカ部屋に入っていった。
そんな背中を笑いながら見送ったKKは、足元にいるジャックとシエルに目線を下ろしたかと思うと、
先ほどとはうって変わってギロリとにらみつけた。
びくり、と肩を震わせる2人。
「で?なんだアイツは。」
ポキ、とヒザの関節を鳴らしてその場にしゃがみ、正面から目を合わせる。
「違う世界から・・・来たんだよ。」
「話を聞きたいって・・・」
「そんなこと聞いてんじゃねェ。」
うつむき加減で話す2人のアゴをぐいっと上向かせ、顔を近づけるKK。
「白か黒か・・・どっちだ。」
「・・・白だ。」
ガシャン!!!
ジャックが答えてから一拍置いて、金属を叩くような鈍い音が、部屋の中から響いた。
続いて、何かがジャラジャラとこぼれるような音も・・・
「・・・・・・。」
KKはゆっくり立ち上がると、部屋の中へ歩みを進めた。
あわててジャックとシエルが後に続いて中に入る。
一番起きてほしくないことが、起こっていた。
「べレッタM92FC・・・ヴァルザーKKM200・・・」
床に散らばった弾丸と、予備のマガジン・・・そして、5、6丁の銃。
かたわらにしゃがみ込んだLは、一つ一つ銃身をなぞりながら、確認するようにつぶやいた。
「・・・これはコルトGMですね。」
大きめの拳銃を手に取り、感心したように言う。
KKは黙ってその様子を見ていたが、おもむろに座っているLに近づいた。
「なかなか詳しいじゃねえか。」
「まさか、この世界でお目にかかるとは思いませんでした。」
「・・・悪ぃけど、大事な商売道具なんだ。その辺で手を放し・・・」
後ろから、KKがかがんで銃を奪おうとしたのを察知すると、
Lの腕は振り向きざまに小さく円を描き、ピタリと銃口をKKの眉間に突きつけた。
「L!!」
「KK!!」
「動くなっ!!!」
声を上げて走り出そうとしたジャックとシエルを、KKの一喝が制する。
「そこでジッとしてろ。」
「KK・・・」
声をあげた時も、KKはLから視線を外さなかった。
Lは黙ったまま、そしてKKに向けて構えた銃もそのまま・・・ゆっくりと立ち上がる。
「・・・気色悪ィな、その眼。」
目を細め、銃口を下ろす気配のないLを見つめながら、言葉を紡ぐ。
Lは黙ったまま、KKの視線をそのまま反射するようかのように見つめ返す。
「まぁ・・・お互い、いろいろ経験豊富みてぇだな。」
「そのようですね」
丸腰で、銃を突きつけられたのは2回目だ。
光を吸い込む闇のような瞳に、少しめまいを覚えながら、KKは思った。
ジャックとシエルが連れてきたこの男・・・Lとかいったか。
玄関で顔を見た瞬間から、曲者だとは思っていたが、まさかここまでとは。
(警察じゃなさそうだが・・・こいつァ一筋縄じゃいかねぇな・・・)
どこの誰だか知らないが、相当な数の修羅場をくぐってきてやがる。
などと思いながら、KKはLの様子を伺う。
銃口はピタリと額に狙いをつけ、微動だにしない。
しばらく沈黙した後、KKの胸に1つの考えがよぎった。
これは・・・チャンスなのではないかと。
「なぁ、ものは相談だが・・・」
「・・・・・・。」
「そのまま、撃ってくれねーか。」
KKという名の男の部屋は、不自然なほど普通の部屋だった。
おそらく、1週間のうち、長くて2日ほどしか使われていない。
なのに、わざと生活感を出すようにしてある・・・それが最初の印象だった。
タバコでごまかしてあるが、かすかに硝煙のにおいがする。
それは以前扱った事件で、凄腕の暗殺者が使っていた部屋の写真を見たときに感じた、
一種の‘気’のようなものと、よく似ていた。
自然という、不自然。
興味のおもむくまま、部屋の隅にある簡易ベッドに近づき、薄い布団をめくる。
私が扱った事件の犯人は、ベッドの下ではなく、ベッド自体に武器を隠していた。
そう、あまりスプリングの効いていないマットレスの中に。
その、まさかだった。
そうこうしている間に男は部屋に入ってきて、
私が威嚇と牽制と自己の安全の為に向けた銃で・・・自分を撃てと言った。
またもや、暗殺者の事件が脳裏をよぎる。
暗殺者は、親密な関係にあった女にしこたま酒を飲ませて酔わせ、銃を握らせて自分を撃たせたのだ。
女は酒で何も覚えてはいなかったが、暗殺者が死んだことを伝えると・・・微笑んで言った。
これで彼も私もゆっくり眠れる、と。
モニターごしに聞いたその声は、
まるで母が子を寝かしつけた後のような・・・言い知れぬ感情に溢れていた。
次の事件の書類に目を通しながら、そういう愛情もあるのかと、頭の隅でぼんやり思った。
警察や同業者の手をことごとくすり抜けてきた凄腕の暗殺者が、
なぜ、どこにでもいるような娼婦の手にかかったのか。
それも、自ら望んで。
「いいかげん疲れた。」
長い沈黙を破ったのは、KKだった。
「お前になら・・・いい。」
これはチャンスなのでは、という考えは、
あっという間に身体全体に広がって・・・満たされていくのが分かった。
そこいらのチンピラや警察に渡すには、
自分の技術や経験はちぃとばかり値が高い。プライドもある。
だが、この男になら。
なぜ自分が、目の前の男をこんなにも買っているのか分からないが、
本能がそう言っていた。
おそらくこの世の影の部分・・・
悲しみや憎しみ、恨み、妬み、嫉妬、怒り・・・または差別、暴力、陰謀、策略。
そして死。
ぽっかりと空いた穴のような瞳は、良くも悪くも、そういうものを乗り越えてきて来た眼だった。
この男になら・・・この男なら。
自分から全てを奪ってくれると。
苦しみも、悲しみも、麻痺した感覚も、静かな狂気も、罪も、罰も。
全てを奪ってくれる。
全てから開放してくれる。
いつの間にか、自分の顔が緩んでいるのが分かる。
俺は微笑んでいた。
そいつは相変わらずピクリとも動かないで、自分を見つめている。
俺は眼を閉じた。
さあ。
「やめてくれ!!!!」
その場の雰囲気を打ち砕くような音量で、放たれた声。
思わず、LとKKはそちらに目をやった。
握り締めた拳が、ぶるぶる震えているのが分かる。
声を上げたのはジャックだった。
「やめてくれ・・・L・・・」
2人の気迫に押されたのか、シエルは呆然とジャックを見つめている。
興奮しているのか、ジャックの息は荒い。
自分を見つめる2人の目を見返して、やっとのことで言葉を搾り出していく。
「・・・・・・友達なんだ・・・!」
NEXT