見慣れぬ天井。
いや、天井など見慣れる間もなく、ホテルを移動しているのだから見慣れないのは当たり前だ。
ここはどこのホテルだったか・・・
目だけ動かして横を見ると、年代物のサイドテーブルが目に入る。
見覚えの無い部屋。
差し込む光と鳥のさえずり、木々のざわめき。
少し考えて、自分がまだ長い夢の中に居ることに気づく。
夢が覚めるのは、早くても半年後。
一体なぜ、私はここに居るのだろうか。
「える〜!!朝ごはんだってさー!!!」
扉が勢いよく開かれ、誰かが部屋に入ってくる。
声の調子から、あの不思議な双子の片割れ・・・シエルであることは明確だった。
Lは開いていたまぶたを下ろし、寝返りをうった。
狸寝入りである。
「Lっ!!」
ばふっ!と勢いをつけてベッドに飛び乗るシエル。
ギシギシと年代物のベッドが軋むが、そんなことは彼にとってどうでもいいことらしい。
「L?まだ寝てるのか?」
声と気配が近くなる。どうやら顔を覗き込まれているようだ。
肩を軽く揺さぶられるが、狸寝入りを続けるL。
シエルは寝ているLにもたれながら、頭をかいた。
「もうそろそろ起きないと、朝ごはんが昼ごはんになるぞ。」
耳元で、きょとんとした声がつむいだ言葉に、Lは少し驚いて目を開けた。
ムクリと身体を起こす。
半分Lの上に乗っかっていたシエルは、「うひゃあ」と小さく悲鳴を上げて、ころんとベッドの上に転がった。
「・・・今は何時ですか?」
「10時半だよ。」
Learner
「・・・あ、おはようございますっス!って言っても、もう昼前ですけど。」
アッシュが食器を拭きながらリビングに入ってきたLに声をかける。
「おはようございます。」
「オハヨー!ずいぶんとお寝坊サンだねェ。」
テレビの前に陣取り、ビデオの整理をしているスマイルも、振り返って声をかけた。
スマイルの横でその様子を眺めていたジャックが、立ち上がって駆け寄ってくる。
「おはよう、L。」
「おはようございます。」
「何度か起こしに行ったんスけど、覚えてるっスか?」
「・・・いいえ」
「すごくグッスリ眠ってて・・・なんか悪いなぁと思って、あんまムリに起こさなかったんスけど。」
「・・・そうですか・・・」
(熟睡など・・・一体何年ぶりだろうか。)
「よかったねェ。」
一瞬の間を置いて、目線はビデオの山に向けたまま・・・スマイルは言葉をつむいだ。
「目のクマはまだ取れてないけど、ずいぶんスッキリした顔してるヨ?
どんな世界から来たか知らないけど・・・一体何日眠ってなかったのサ。」
・・・言葉が出なかった。
なにもかも見透かしたように語る透明人間の背中を、Lは凝視する。
「Lさん・・・」
「大丈夫ですよ。おかげさまで、昨夜はゆっくり眠れましたから。」
心配そうに声をかけるアッシュに顔を向け、言葉を返す。
「そうっスか・・・それなら良かったっスけど。
あ、お腹すいてるでしょう?ちょっと遅いっスけど、すぐご飯温めるっスから。」
「ありがとうございます。」
「なあL、メシ食い終わったら遊びに行こうぜ!な?な?」
テーブルに向かうLの服を引っぱり、シエルが言う。
「MZDに、会いに行きたいのですが・・・どこに住んでいるのか知っていますか?」
「うーん・・・。どこに住んでるのかは分かるけど・・・」
「なんですか?」
眉をよせるシエルに、Lは少し首をかしげて見せた。
「すごく遠いんだ。」
横から、少し申し訳なさそうに言うジャック。
香ばしい香りを立てるトーストと、レタスとトマトのサラダをテーブルに置きながら、
アッシュが助け舟を出した。
「電話して、迎えに来てもらうといいっスよ。普通の交通手段で行ったら、5日はかかるっスからねぇ。」
「迎えに来てもらえば、瞬間移動でピョーン!だからネ。」
「はぁ・・・そうですか。」
椅子を引いて腰掛け、足を上げて座る。
テーブルの上に、ベーコンエッグの皿が追加された。
全部できたてで、かすかな湯気とおいしそうなにおいが鼻をくすぐる。
「・・・Lさん。」
「はい?」
一瞬、料理に見とれてしまったLに、少しムッとしたアッシュの声が聞こえる。
「ちゃんと足を床に下ろして座るっスよ。行儀が悪いっス。」
「・・・すみません。クセで。」
「あんまりよくないクセっスねぇ・・・」
素直に足を下におろし、座りなおしたLだったが、どうも落ち着かない。
なかなか食べ始めないLに、2種類のドレッシングを差し出しながら、アッシュは聞いた。
「あの・・・Lさん?」
「すみません。あの座り方でないと落ち着かなくて・・・」
「え・・・でも食べにくくないっスか?姿勢も悪くなるっスよ?」
「お気遣いありがとうございます。しかし・・・。失礼だとは思いますが、座りなおしてもいいですか?」
「・・・まあ、Lさんがいいなら構わないっスけど・・・」
「ありがとうございます。」
よっこいしょ。←(効果音)
Lは椅子の上にうずくまり、左手で皿を、右手でトーストをつまんでかぶりついた。
香ばしいにおいと、マーガリンがしみ込んでいる生地の優しい風味が口いっぱいに広がる。
「・・・おいしいですね。」
素直にそう思い、傍らに立つアッシュに声をかける。
アッシュは肩を震わせていた。こころなしか、片方の頬がピクピクと引きつっているように見えた。
Lは不思議に思い、下からアッシュの顔をうかがう。
一瞬の間を置き、アッシュはLの手からトーストを奪い取った。
Lと同じように座り、テーブルの上に置いてあるつまようじで遊んでいたジャックとシエルも、ビクリと肩を震わせる。
「・・・アッシュさん?」
「手を合わせて!!」
トーストをつまんだ形の手はそのまま、少し驚いて声をかけるLの鼓膜に、アッシュの凛とした声が響く。
「食事の前の挨拶はキッチリするっス!!」
「・・・すみません。いただきます。」
「それでいいっスよ。」
子供2人はホッとして、今度は醤油さしとコショウのビンで遊び始める。
Lは、皿に戻されたトーストと、2人から醤油とコショウを取り上げつつため息をつくアッシュを交互に見た。
鮮やかな深緑の髪の間から、赤い瞳がのぞく。
笑っているような、すこしあきれたような表情。
「・・・どうかしたっスか?俺の顔見てても、腹はふくれないっスよ?」
「いえ・・・ここの食事は、あなたが?」
「そうっスよ。あ・・・おいしいって言ってもらえて嬉しいっス。光栄っス。」
頭をかきながら照れ笑いするアッシュに、Lも微笑み返した。
黙っていれば相当な威圧感があるだろう、長身でがっちりした体格の狼男は、本当にうれしそうな顔をしていて。
「見た目と中身でギャップがある、と言われませんか?」
「よく言われるっス。あ、紅茶とコーヒー、どっちにするっスか?」
「紅茶がいいです。」
Lは、どこかなつかしい気分を感じていた。
夢の中にいるはずなのに・・・いや、夢の中にいるからこそなのだろうか。
信用できる存在を近くに感じて過ごす、どこかぬくもりさえ感じる時間。
なつかしい。
切なくなるほど。
「・・・なんでトマト残してるっスか?」
「キライなんです。」
「・・・今、紅茶に・・・砂糖何個・・・」
「これで5つ目です。」
じょぼぼぼ・・・(ミルクピッチャー逆さにしてます)
ジャックとシエルは、こっそりキッチンから出て行った。
アッシュの、声にならない叫び声がユーリ城に響き渡るまで、あと2秒。
「・・・こりゃまた、でっけータンコブだなぁ・・・」
ヤモリに連れられて家に来たLと2人の子供を見て、開口一番、MZDはそう言った。
Lの頭には、マンガのようなたんこぶが顔を出している。
もちろん、アッシュの仕業だ。
「なんかやったのか?」
「・・・トマトを残したら、怒られました。」
「あははははは!!そりゃ殴られるわ。おめーのことだ、テコでも食べなかったんだろ。」
「最終的には負けました。口がかゆいです。」
なかなかの強敵です・・・と言いながら、頭にできたコブをなでるL。
MZDが、チラリとジャックとシエルの方に目をやると、2人とも同じように目をそらした。
(思い出したくねぇ・・・)
(・・・・・・。)
シエルはそう心の中でつぶやく。ジャックの脳裏には、2人のやりとりの場面がよぎった。
『お百姓さんが丹精込めて作ったんスよ?』
『キライなんです。』
『栄養もたっぷりで、身体にいいっス!健康食品っスよ!』
『キライなんです。』
『・・・食べて下さい』
『イヤです。』
『・・・・・・食べるっスよ』
『イヤです。』
『食べなさい』
『イヤです。』
『・・・・・・・・・・・食うっスよ。』
『イヤだといったらイヤなんです。』
『食えっつってんだろがゴルァ』
「・・・恐かったです。」
「まーあの城で、偏食家の生きる道はないと思え。」
怒りが頂点に達した時のアッシュの顔を思い出したのか、Lの背筋に寒気が走る。
MZDは軽くLの肩を叩くと、3人を家の中へ導いた。
「さて・・・と。ジャックとシエルはどうする?」
「いえ、大丈夫です。ここに居て、話を聞いてほしい。」
MZDの家は、近代的な洋風の屋敷だった。
ところどころ物が浮いていたり、空間がぐにゃぐにゃと曲がっていたりする以外は、普通の家である。
客間に通された3人は、それぞれ気に入った椅子に座り、落ち着いた。
「私は・・・いえ、私の世界では、驚異的な犯罪が起こっているのです。」
犯罪、という単語に、部屋の空気が変わる。
Lは右手の親指を口元に持って行き、自分の唇をなでる。
「犯罪者は『キラ』と呼ばれ、すでに200名近い犠牲者が出ています。」
MZDとジャック、シエルは、黙ったままLの次の言葉を待つ。
Lは、親指をくわえたまま、淡々と今の状況を語った。
キラは、犯罪者を狙って犯行を犯していること。
しかし、自分のジャマをする者は、警察でも躊躇なく消すこと。
顔と名前が分かれば殺害することができること、
死亡する時間と、死亡する前の行動をある程度操ることができること。
「いくつもの事件を手がけてきましたが、こんなケースは初めてです。
普通では考えられないことが、実際に起きて人が亡くなっている・・・
この世界で、なにかこの事件に関係するか・・・またはヒントになるような物事はありませんか?」
部屋にいる人間の視線は、MZDに集まった。
「・・・いや。」
しばらく考えたのち、MZDは口を開いた。
「俺の知っている限りでは、そんな方法で人を殺す能力をもっているヤツも、
またそんな事件が起こったコトもないな。」
「・・・そうですか。」
「もっと他に、そのキラってやつ自身を表すようなキーワードってないのか?」
MZDの問いに、Lは思考をめぐらせた。
ふと、被害者が残した奇妙な遺書が頭に浮かぶ。
「‘えるしっているか’。」
「・・・・・・?」
「‘死神は りんごしかたべない’」
「・・・なんだそりゃ」
棒読みでつぶやかれた文章に、MZDは首をかしげた。
「私の目を警察とFBIからそらすために、キラが示したメッセージです。」
「・・・死神なんているのか?」
「っていうか、MZDが死神なんじゃねーの?」
ジャックとシエルも、不思議そうに顔を見合わせる。
Lは依然としてMZDを見つめたままだ。
「まー俺が死神かどうかは置いといてだな・・・」
「この世界に、死神は存在するのですか?」
「んー。存在するかもしれんが、俺はまだ会ったことねえなぁ・・・。」
「・・・そうですか。」
ぷかぷか浮いている皿に乗ったクッキーをつまみながら、Lは小さくため息をついた。
MZDはアゴに手を当て、何か考えている。
「・・・あそこなら、俺が知らないことも分かるかも知れねーな。」
ぼそり、とつぶやかれた言葉に、Lの視線がクッキーからMZDに移る。
「どこですか?」
「今お前が住んでる所だ。でっかい図書館があるだろ。」
「え、ユーリ城に図書館なんてあるのか!?」
MZDの言葉に、クッキーを頬張ったままモゴモゴとしゃべるシエル。
ゴクン、と口の中の物を飲み込み、隣にいるジャックの方を見る。
「ジャック、お前知ってたか?」
「いや、知らない。」
「帰ったら、ユーリさんに聞いてみましょう。」
Lの言葉に、ジャックとシエルは頷いた。
「ところでL、おめー音楽は好きか?」
ぱん、と手を叩き、MZDは話題を変えた。
Lは少し考え、言葉を紡ぐ。
「・・・あまり縁がないものですね。」
「ここは音楽が中心、と言っても間違いじゃねーんだ。ま、俺の趣味でもあるけどな。」
「それがなにか?」
「っかー!顔に似合って食いつき悪ィなぁ!!
ここに居る間はここの住人なんだから、自分の仕事のことばっかじゃなくて、ちったぁ楽しめよ!って話だ。」
椅子の上に立ち上がり、ビシッ!と自分を指すMZDの言葉に、
Lは口元に持っていった親指を、少し強く噛んだ。
「楽しむ、ですか。」
「イエス。ザッツライト。」
「・・・考えておきます。」
言いながら、椅子の上に乗せていた足を下ろし、床に立つ。
「お邪魔しました。・・・帰りますよ。」
いまだモグモグとクッキーを頬張っている2人に声をかけ、歩き出す。
ジャックとシエルはあわててその後を追った。
「なんか・・・カルガモの親子みたいだな。」
あまり姿勢の良くない背中を、てくてくとついていく子供2人。
部屋を出て行く3人を見送りながら、MZDはつぶやいた。
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