「あ、ジャック!おはよっス!」
 「オハヨー☆」

 「おは・・・よう・・・」



































Shine Shower ‡X

















































 あれから一週間がたった。

 ジャックは、いつものように明るく声をかけたアッシュに、ぎこちなく挨拶を返す。
 しかし、その視線はまるでそれが当たり前とでもいいたげにユーリやスマイルと一緒に食卓についている、
 この世界の神・・・MZDに注がれていた。


 「おふぁよ。偉いな、挨拶できるようになったんだ。」
 「アッスくんが口酸っぱく言って、なんとかネ。」


 もぐもぐと口の中のものを咀嚼しつつ、感心するMZDに、スマイルはココアを飲みながら言った。
 ジャックは無言で、いつもは城にいない彼をにらむ。


 「ジャック、スープが冷めちゃうっス。
 そんなところで突っ立ってないで、こっちに来るっスよ。」


 まだこの城に・・・いや、この世界に来て間もない少年は、
 整った顔に怪訝な色を浮かべつつも、 狼男の優しい声に従った。



 「どうだ?調子は。」



 ジャックが席につくと、MZDはテーブルの中央に置かれたサラダの皿から、
 アスパラガスの先っぽだけを3つ、ぶすぶすとフォークに突き刺しながら聞いた。


 「・・・・・・・。」

 「相変わらずこの調子だ。アッシュの言うことは多少聞くようだが、
  私やスマイルには警戒しか見せん。」


 MZDをにらむだけで、なにもしゃべらないジャック。
 ため息をつき、残り少ないアスパラガスの先っぽを、MZDをにらみながら自分の方へ集め、ユーリが言う。


 「まあ、まだ一週間だしな。ここに慣れるには、もう少し時間がいるだろ。」
 「さも当然のように言うが貴様、私はまだコイツを預かるなどとは一言も言ってないぞ。
  大体、3日くらいで引き取りに来ると言ったヤモリはどうした?」
 「おいおい、名前までつけといてそれはないだろー?素直じゃねぇなーユーリパパは。」
 「誰がパパだ」
 「ヤモリはアレだ。強制的に納得させたから大丈夫。」
 「・・・・・・それは納得させたと言うより、黙らせたと言うべきだな。」


 ユーリがMZDとの会話に気を取られているのをいいことに、
 スマイルは、さっきユーリがMZDから保護したアスパラガスの先っぽを、ひょいひょいっと口に放り込んだ。


 「まぁいいじゃんか、ユーリ。
  どうせまた別の家に預けたって、ジャッくん、そこでも警戒しまくり、緊張しっぱなしだろうしサ。
  ここは広いし静かだし、落ち着いて考える時間もたっぷりあるしネ。
  世話だってアッスくんに任せとけば、餓死することはないでショ?」






 沈黙。






 「スマイル・・・貴様・・・!」
 「いやン☆怒んないでよユーリさんvv食卓はいつも早いもン勝ち〜♪」
 「やめるっスよ2人とも・・・子供の前で、いい大人がアホらしい・・・」


 アッシュはため息をつき、自分の取り皿にアスパラガスの茎を取った。


 「・・・・・。」
 「はぁい、ストップ。」


 ようやく、自分の皿に乗った食パンに手を伸ばしたジャックに、アッシュは柔らかく待ったをかけた。


 「食事をするときの挨拶、覚えてるっスか?」
 「・・・・・・・・・いただき、ます・・・」
 「はい、どうぞっス。」









































 食事が済むと、ジャックはさっさと自分にあてがわれた部屋に引き上げてしまった。



 「城の外には出してないのか?」
 「いいえ、たまに庭を歩いてるっスよ。
  最初は、ここをドームかなにかの中にあるんだと思ってたらしいっス。
   昨日、雨が降っているのを見て、びっくりしてたっスよ。」
 「そうそう。 『お前ら、外の植物が枯れてもいいのか』って。
  ・・・ジャッくんの世界じゃ、雨は植物を枯らすものなのかなァ。」

 「空気が、それだけ汚染されていたのだろう。」


 紅茶のカップを傾けながら紡がれるユーリの声が、静かにリビングに響く。
 アッシュは、ジャックがつけていたガスマスクと、ここに来てからの彼の言動を思い出し・・・顔を曇らせた。





 朝、窓を開けたら、いきなり傍らに置いてあったガスマスクを装着した彼。

 『何を考えている・・・?
  ・・・お前、マスクがなくても息ができるのか?』
 『はぁ?・・・マスクなんてしなくても、大丈夫っスよ?』
 『・・・。』


 しばらく考えた後、マスクを外し、窓の外に眼をやる。


 『・・・なんだこの天気は・・・』
 『え?えーと・・・なんだって言われても・・・よく晴れてるっスねぇとしか・・・。』
 『ああ・・・分かった。よくできた天井だな。』


 納得した顔をし、ベッドから降りて床に立つ少年。
 狼男は首をかしげた。


 『・・・天井じゃなくて、空っスよ。』
 『お前、ここから外に出たことがないのか?
  空はこんな色じゃない。もっと気持ちが悪い色だ。』
 『・・・はぁ・・・そうっスか・・・。』













 「あー。なるほど。」


 ぼんやりと宙を見つめているアッシュに、MZDがポンと手を打った。


 「つまり、アレだな。
  今の時点でも多分、ジャックは自分のいた世界のどこかにある
  でっかいシェルターの中にいると思ってるっぽいな。
  俺はそこの管理人かなにかで、お前たちはそこの住人。
  もと居た場所から逃げてきた自分を、俺たちがかくまってやってるーみたいな。」


 皿から取ったクッキーを2つ、プカプカと宙に浮かばせながら言うMZD。
 実際はブルーベリークッキーの上に立っているのに、
 ジャックはまだ、自分はチョコクッキーの上にいる、と思っているのだ。


 「・・・ナルホド。
  でもま、『ここはキミの住んでいた世界とは全然別の世界なんです』って言われて、
  いきなり信じろって言うのも、ちょっと無理な話だよネ。」
 「だよなぁ。どうしたもんかねぇ・・・」


 2つのクッキーを見比べ、チョコクッキーを口の中に放り込む。
 テーブルを挟んで反対側のスマイルが口を開けてみせたから、ブルーベリーはそっちへ。
 しばらくクッキーの皿を見ていたアッシュが、ポンと手を叩く。


 「ジャックの世界にはなくて、こっちの世界にはあるものを見せてあげるとか、どうっスか?」
 「・・・まぁ、それが一番手っ取り早いよな。例えば?」
 「例えばっスか?例えば・・・ええと・・・」
 「でもそれってサ、ジャッくんの世界に何があって何がなかったのか分からないとアレじゃない?」
 「ああ、そうっスね。まずはそこっスよね・・・」


 うーん。

 3人は一様に腕を組み、首をかしげて思考を巡らせた。
 ユーリだけが1人、優雅に紅茶を飲みながら、音楽雑誌の記事に眼を通している。



 「ユーリぃ、雑誌なんか読んでないで一緒に考えてヨー。」
 「そんなこと本人に聞けば済む話だろう。さっさと聞いてこい。」

 「でも、『お前が住んでたところになかったものって何?』って聞いても、
  そこに住んでた本人に、それがなにか分かるか?
  知らないものを知ってる?って聞かれても・・・無理だよなぁ。」

 「そうっスよ。ジャックが知らない物を見せてあげなきゃいけないんスから、
  ジャックに聞いたってわかんないっス。」
 「ならばせいぜい頭をひねって考えろ。私は知らん。」



 ここにいては、したくもない話し合いに強制的に参加させられる。
 私は御免だとでも言うように、ユーリは立ち上がってソファーの方に移動した。


 「はぁ・・・どうしたらいいんスかねぇ・・・。」


 ため息をつくアッシュ。
 参加の意思を全く見せないユーリに眼をやり、MZDも小さくため息をついた。

 ・・・と、その時。







 「・・・・・・!」







 テーブルにヒジをつき、その手のひらにアゴを乗せようとした姿勢のまま、止まる。


 「・・・どうしたのン?」


 口を半開きにし、ユーリの方を見つめたまま固まってしまった彼に、スマイルが声をかけた。
 スマイルの声に、アッシュも不思議そうにMZDを見る。
 ほどなくして視線に気づいたユーリも、怪訝そうに視線を返した。


 「あるじゃん。」


 誰かがもう一度自分に声をかける前に、口を開く。
 ポカンと開かれていた口が、みるみるうちに笑みの形を作っていく。
 ガタンと音を立て、体を椅子から離し、立ち上がる。






 「あるじゃん!!アイツの世界になくて、この世界にある、アイツが知らないもの!!」










































NEXT