ここを使えと言われた部屋のドアを開け、中に入り、閉める。
「・・・・・・・。」
MZDと呼ばれる男が、来た。
またどこか別の場所へ連れて行くためかと思ったが、その気配はない。
ベッドの方へ歩いて行く。・・・腰掛ける。
柔らかいそれは、元居た場所で自分にあてがわれていたものとは全く別のもののように思えた。
倒れ込む衝撃を吸収し、温度を保つ。
物を壊すなと言われたから、どうにかして中身を取り出す場所を見つけ、開いた。
中には、傷の手当てをする時に何度か見た、植物の繊維が入っていた。
「・・・・・・攻撃、するな・・・。」
何度目かも分からない、言葉の反芻。
「・・・おはよう・・・おやすみ・・・いただきます・・・ごちそうさま・・・」
挨拶だと、教えられた言葉。
あまり時間の経っていないことから、ゆっくりと時間をたどる。
「アッシュ・・・スマイル・・・ユーリ・・・」
この建物に住む、おそらく自分とは違う生命体。
アッシュは食事を用意する。
他の2人に比べると、圧倒的に多く「ジャック」という慣れない単語で、自分を呼ぶ。
スマイルは姿を消すことができる。
突然現れてみせては、反応を楽しんでいるように見える。
油断できない。
ユーリは、目を合わせない。
こちらを見ても、何も言わない。
「・・・MZD・・・」
聞きなれない。そして発音しにくい。
濃い色のグラスで、眼が見えない。
こちらを向いていても、何を見ているのかわからない。
『どうしたい?』
ぼんやりとした意識の中、男の声が頭に響いた。
『お前自身、どうしたい?』
なんと返事をしたか覚えていない。
ただひたすら、「もう嫌だ」と。
『なにが嫌なんだよ。死ぬことが?それとも生きることがか?』
戻りたくない。
あそこに戻らなくていいのなら、なにもかも。
なにもかもどうでもいい。
『・・・分かりやすいんだか、分かりにくいんだか。』
もう嫌だ。
もう嫌だ。
もう嫌だ。
『分かった、分かったって。そんなに言わなくても聞こえてるって。』
もう嫌・・・だ・・・
『おい、寝るなよ・・・まだ話は終わっちゃ・・・ねぇ・・・・・・聞い・・・・・・・―――――』
目が覚めたら、森の中に居た。
「ぐっ・・・!!」
喉の奥から吐く息が、呻き声に変わる。
荒く呼吸するたび、胸と背中に鈍痛が走った。
覚醒と同時に、痛覚も戻ってくる。
左肩から腕にかけて・・・それに、右足。
感覚が麻痺していない左足には、柔らかい土と草の感触。
ほとんど条件反射で、腕の痛みにも構わず、顔に手をやる。
よく知っている感触が指先に当たった。
マスクもグローブも付いている。呼吸ができることからすると、ボンベは無事らしい。
「ッはぁ・・・ッはぁ・・・」
ここはどこだ。
あれから、どうなった。
強硬化プラスチックのゴーグル越しに、あたりを見回す。
霧が深い。が、周りが白く見えるということは、日が昇っているということだ。
うつぶせに倒れている体を起こそうと、他に比べて負傷が少ない右手に力を込める。
「・・・ッ・・・!!」
体のあちこちに、電流のように激痛が走った。
どういう状態だろうと、自分は生きている。
いつまでも倒れているわけにはいかない。
起き上がるというよりも、持ち上げるように・・・右手と左足で体を起こす。
ようやく地面に座り込み、引きずった右足がありえない方向へ曲がっているのに気づいても、
舌打ち1つする余裕さえ、なかった。
・・・ここは、どこだ。
用心深く辺りを見回すが、生物がいる気配はない。
それどころか、建物の気配も・・・
いつも一定の間隔を置いて都市郊外を飛び回っている、探査ロボットのプロペラ音も。
何も・・・聞こえない。
頭の中に直接響くよう声で話しかけてきた主さえ、見当たらない。
ぼんやりと、晴れない視界を見つめる。
・・・なにか、おかしい。
「・・・・・・。」
右手を、顔の前で振った。
見えない。
・・・これは霧じゃないのか。そう思った。
そういえば妙に頭が痛い。打ち所が悪かったんだろう。視神経がやられている。
耳がやられてないのは救いだった。
なんとか安全な場所を見つけて、回復を待たなければ。
そう結論をつけて、動こうと思った途端。
真っ白な視界がゆらり、と右に傾いた。
「・・・・・・。」
まずい。
鼓膜は正常だが、三半規管がやられたのか。
左の肩から腕にかけて、パックリ開いた傷口にあたる風が、痛い。
動かなくては。
ここが安全か危険か、分からない。
這って移動しようと、前のほうに腕を伸ばし、左足で体を支える。
四つんばいになり、地面についた右腕に体重をかけた。
途端。
カクッと肘が折れ、そのまま地面に倒れる。
顔面と腹部に、衝撃。
・・・ポツリ。
いつの間に降り出したのだろうか。
小さなしずくが、伸ばした腕にあたった。
雨は、強い酸だ。
少量ならまだしも、今の自分の状態では、この雨がすぐ止むものなのかそうでないのか、見当もつかない。
雨をしのげる場所を探さなくては。
・・・動かなくては。
「・・・は・・・。」
力が、入らない。
体ごと、腹に感じている地面がひっくり返るような感覚に囚われる。
ひどい眩暈。
右手を伸ばす。地面が手のひらに当たる。
腕一本と震える足の先で、ずり・・・と、体を動かす。
世界が回る。
力が入らない。
30センチも動けていない。
薄れる意識の中、もう一度、ぼんやり考える。
『ここは・・・どこだ・・・。』
・・・あとは、覚えていない。
「・・・・・・。」
次に目を覚ましたのは、知らない部屋。
すぐ傍まで来ていた気配に、目を見開く。
「・・・わぷ!!」
条件反射で、体にかけられていたシーツを相手にかぶせ、飛び上がって蹴りつける。
ガードされたようだが、相手はバランスを崩して床に倒れた。
ザッと辺りを見回す。
部屋だ。運ばれたのか。
状況を知る情報が少ない。
向かって左の方にドアを見つける。
ここから出よう、と思うのと同時に体が動く。
割と簡単に、ドアは破れた。
「あ、ちょっと!!」
全速力で走る。
広い廊下には、いくつものドアが付けられ、狭い廊下が渡されていた。
見たこともない色。見たこともない造り。
ここはどこなのか。あの部屋に居たヤツはなんなのか。
考えることは山ほどあったが、まずは身を隠すところを見つけなければ。
いくつもの廊下を、いくつもの角を、走って、走って、走った。
長い廊下を抜け、力任せに引いた、扉の向こう。
「・・・・・・!」
いくつ、扉を開けただろう。
いくつ、部屋を通り抜けただろう。
その間、常にぐるぐると頭を巡っていた全ての思考と考察が、途絶えた。
光と、色。
その場所は、今までの薄暗い部屋や廊下とは全く様子が違っていた。
しばらく呆然と立ち尽くし、ふと、上を見上げると・・・高い天井に、円形の大きな硝子窓があるのが分かる。
両側の窓にも、同じような装飾があった。
それは色とりどりの硝子をはめ込んで作られ、横方向から注がれる朝の光に色をつけている。
「・・・・・・。」
一体、ここはどこだ。
見たこともないものばかりだ。
情報が少ない。
どうすればいい?
なにを・・・どう考えればいい?
特に考えもなく、足はその場所へ向いていた。
「・・・・・・。」
最初にこの場所に入った日から、ここに来るのは2度目だった。
もうすぐ正午に近いからだろうか、あの時は斜めに射し込んでいた光が、今は真上から降ってきている。
この場所は、なんのための場所なのだろう。
灰色の壁、茶色い椅子。
正面の壁を埋め尽くしている、鈍い光を放つ金属の管をたくさん束ねた何か。
規則的に並べられた椅子の間を通り、建物の前方へと歩を進める。
右の硝子窓には、両手を水平に上げ、首をたれる男の姿。
左の硝子窓には、小さな子供を抱え、目を閉じている女の姿。
「・・・・・・。」
「右のがイエスキリスト、左のが聖母マリア。」
いきなり背後から声をかけられ、ジャックは反射的に振り返った。
教会の入り口に立っているMZDが、よぉ、と軽く手を上げる。
「こんなところにいたのか。なにしてたんだ?」
「・・・・・・。」
質問には答えず、ただ、にらむ。
「まぁいいけどさ。
ちょっと付き合ってもらうぜ。ついて来いよ。」
MZDは特に気にした様子もなく、ジャックに向かって手招きした。
ジャックは少し考え、警戒しながらもそれに従う。
「お前さ、ここがなんなのか、どういう場所なのかって、ずっと考えてるだろ。」
「・・・・・・。」
「にらむなって。
今からそれを、教えてやっから。」
あー。
なんか微妙なところで終わってしまったり。
久しぶりの小説でした!いかがでしたでしょうかー。
これ、季節を秋に設定してるんですけど、なんか今年の秋までに終わりそうにないです(汗)
「追う者」より長くなりそうだ・・・。
アスパラガスは先っちょの部分が柔らかくて美味しいよね、って話です。(そこなのか)
誤字脱字を発見されたら、Web拍手にてお願いいたします・・・!!
感想、お待ちしておりますvv
ではまた次回。
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