「はい。熱いから気をつけるんスよ。」









部屋の隅で、手についたマヨネーズを舐め取っている少年に、
アッシュはタオルと紅茶を差し出した。


「・・・・・・。」
「おいしかったっスか?」


アッシュの問いには答えず、少年はタオルを受け取る。


「頼むよ!この通り!!ユーリの人柄を見込んで!!!」
「人じゃないしネ・・・」
「お前はだぁってろ!!」
「断ると言ったら断る。」


テーブルでは、まだ口論が続いているようだ。
アッシュはため息をつき、少年の隣の壁に背を預け、そのままズルズルと下がって腰を下ろす。
少年はアッシュをにらんだが、特に逃げたりはしなかった。
その様子に少しホッとして、アッシュは少年に話しかける。


「俺、アッシュって言うっス。君は、なんて名前なんスか?」
「・・・・・・。」


まるで聞こえていないかのように、少年はアッシュの言葉に反応しない。


「あのー・・・。言葉、分かるっスよね?」
「・・・・・・。」


何度か話しかけてはみたものの、少年は一言もしゃべらず、眼をあわせようともしなかった。


「・・・・・・。」


アッシュは小さくため息をつき、立ち上がった。
どうしたものか。


「ヒッヒッヒ〜☆調子はどう?アッスくん?」
「スマ・・・」


アッシュが小さく名前を呼ぶと同時に、横でダンッ!!という音と振動が、もたれた壁を伝って感じられる。
横を見ると、少年が立ち上がって壁を背にし、スマイルに向かってファイティングポーズを取っていた。


「わっ・・・!」
「・・・・・・ふゥん?」


また暴れだすかと思い、アッシュが情けない声を出しながら半歩後ろに下がるのとは対照的に、
スマイルは口を笑う形にした。

呼吸は細く、規則正しい。緊張してはいるが、取り乱してはいないようだ。
固めた拳から足の先、視線。・・・隙はなかった。
どうやら午前中のドタバタで、少年はスマイルを要注意人物として認識したようだ。


「ウン、まァまァだけどね。
 その程度じゃ、ボクには到底かなわないヨ?」


ぐいっと顔を近づけ、紅い隻眼で少年の瞳の中を覗き込む。
吐息がかかるほど近づけられた、血の気がない青い肌に白い包帯。薄い唇に浮かぶ冷笑。
少年が小さく息を呑んだのに、気づかないスマイルではない。
喉の奥でクックッと笑うと、次の瞬間には体を離し、
少し青ざめている少年に、気味が悪いほど綺麗にニッコリと笑いかけた。



「ボクはスマイル。よろしくネ?」
















一方、神と吸血鬼が残ったテーブルでは、未だに言い争いが続いている。


「一ヶ月!!」
「2、3日なら、考えてやらんでもない。」
「そんなぁー・・・頼むよ、本当に一ヶ月でいいから!!」
「3日で手が打てないなら帰れ。」
「退屈キライなんだろ?アイツがいれば全然退屈しねーだろうからさ!!」
「あいにくだが、暇つぶしには苦労してない。」


必死に食い下がるMZDに、全く引かないユーリ。
その様子を遠目に眺めながら、アッシュはまたため息をついた。
拾ったのも何かの縁だし、自分としては少年を預かりたい気持ちなのだが、
悲しいかな、自分も居候の身の上である。
城主のユーリが首を縦に振らない限り、ここで少年の面倒を見るのは難しいだろう。


「・・・ここは・・・」
「っ!」


横から発せられた小さな声に、アッシュは反射的にそっちを向いた。
少し下からの目線、ぱっちり開いたツリ目が、自分を見上げている。


「ここは、どこだ・・・
 お前たちは一体・・・」


アッシュは目を見開き、少年を見つめた。
さっきまで固く結ばれていた唇が小さく動き、
少しかすれた声がアッシュの鼓膜を刺激する。


「あ・・・その・・・」


やっと口を開いてくれて、嬉しいのにアッシュの頭は上手く回らない。
どう答えたものかと考えているところに、MZDの声が飛んできた。


「お、やっと話を聞く気になったか!」


椅子から飛び降り、てくてくとこちらに歩いてくるMZDに、少年が眉をひそめる。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だってば、なにもしねーから。
 ・・・ここには、お前を捕まえて閉じ込めたり、殺そうとするやつなんかいない。」


MZDの言葉に、少年はますます不審の色を浮かべた。


「何を考えている・・・?
 お前たちは何者だ?
 何の目的で俺をここに・・・」


少年が言いかけた言葉を、MZDはまぁまぁまぁ。と言いながら両手でさえぎった。


「お前、もと居た場所から逃げ出したかったんだろ?
 簡単に言えば、俺はその逃亡を手助けしてやったんだ。」
「・・・・・・。」


「逃げ出した」という単語に、少年の眉がピクリと動く。







「・・・何が目的だ?
 そんなことをして、お前に何か利益があるのか?」


「オレもそれが聞きたい」







唐突に、上の方から声がかかる。
その場に居た全員が上を見上げると、
いつの間に来たのだろうか、リビングの天井付近にもう1人の神、ヤモリが浮いていた。


「うげっ!ヤモリ・・・」
「‘うげっ!’じゃねぇよ」


あからさまに嫌な顔をしたMZDが、顔に冷や汗をかきながらあとずさりする。
黒いマフラーを柔らかくなびかせ、ストンと降りてきたヤモリは、
不機嫌な色を隠さず、ジリジリとMZDににじりよる。


「てめぇ・・・またオレに隠れてコソコソと何をしてるかと思えば・・・!!」
「うわわわ!ちょっ!タンマタンマ!!これには深い理由が・・・・・・ないけど・・・」
「・・・今日という今日は絶対に許さんっ!!!」
「どひぇぇぇ!!カンベンしてくれ!!」

「・・・はぁ・・・」


ドタドタ追いかけっこを始めた神さま2人に、ユーリは大きくため息をついた。
隣りに座ったスマイルは、紅茶をすすりながらその様子を眺めている。


「なんか、この城の庭にあのコが落ちてたワケが分かったネ・・・。」
「・・・ヤモリから隠すためか・・・。」
「ヒッヒッヒッ♪今回の長期休暇、大変なことになりそうvv」
「状況を楽しむな・・・」


ここまで来ると、ユーリも半分あきらめモードだ。


「というわけで!ユーリ!!1ヶ月頼むぞ!!」


頭を抱えているユーリに一言そう言い残すと、MZDは床を強く蹴り、かき消すように姿を消した。
ヤモリが小さく舌打ちするのが聞こえる。


「世話をかけたな、ユーリ。2日3日の内には引き取りに来る。」


部屋の隅で少年と突っ立ったままのアッシュが、おろおろとその様子を見ているのを横目に、
早口で言い終えると、ヤモリもMZDの後を追った。










「・・・なんか・・・どっちも信憑性に欠けるネ・・・。」
「全くだ。」










ぼんやりつぶやくスマイルの言葉に、大きく息をつきながら同意する。
こうなったら、MZDの言うとおり1ヶ月で済むことを祈るしかないが、あまり意味はなさそうだった。
アッシュが少年を拾ってきたのは、偶然でもなんでもない。
MZDが、最初からこの城に預けようと思っていたのだ。


「一度決めたら、テコでも変えないもんねェ・・・MZDは・・・」


同じことを考えていたらしいスマイルが、ため息混じりに言葉を紡ぐ。
ただ、その声に呆れの色はない。むしろ楽しそうな、おだやかな声音だった。
ユーリは手の上にアゴを乗せ、もう一度ため息をつく。
それが無言の肯定だと知っているスマイルは、素直じゃない彼に分からないよう、笑みを浮かべた。





























「あー・・・なんか・・・とりあえず、ここで預かることになったみたいっスねぇ・・・」


呆然とテーブル付近の様子を見ていたアッシュは、頭をかきながら少年の方をうかがった。
少年はと言えば、なにやら神妙な面持ちをしている。

「・・・・・・。」
「えと・・・その・・・
 あ、名前!名前教えてくれないっスか?」


きまずい雰囲気をなんとかしようと、おたおたと話しかけるアッシュの言葉に、
少年はゆっくり顔を動かし、横に立つ狼男を見上げる。





















「・・・Z-73111。」










































































久しぶりの長編小説更新・・・!

相変わらず、スマイルがほんのりヤバイ人です(笑)
あと自己紹介してないのはユーリだけなので、どうしようか考え中・・・。
とりあえず、ジャッくん落ち着いてくれました。
暴れてるのを書くのはすごく楽しいんですけど、それじゃあ話が進まないので(汗)

いや・・・でもこれからが本当の「暴れ」だよな・・・
え!そんな「暴れ」とか言っちゃダメだって!
アバレアバレ〜♪とか歌いたくなっちゃうよ!?(誰に言ってるんですか)


えーそんな感じで、今日もまったりのんびりです。
ご意見ご感想などありましたら、ぜひお聞かせ下さい!!
誤字脱字はコソリと教えてください・・・

ではまた次回。




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