「ごめん。」
「許さん。」
アッシュに引っぱってもらい、なんとか石壁から抜け出したMZDの言葉を、
ユーリは即刻、跳ね返した。
Shine Shower V
少し遅い昼食を用意しに、アッシュはキッチンに向かった。
長方形の机を囲むように置かれた3つのソファーのうち、
1つにはMZDが、1つにはユーリとスマイルが、もう1つには少年が座っている。
あのあと、ガスマスクやボンベを取り上げられた少年は、MZDの不思議な力で両手足を拘束されてしまった。
ソファーの上にあぐらをかいた状態で座らせたが、どうにかして逃げ出そうと、右へ左へ体をひねっている。
そんな様子を横目で見ながら、ユーリはMZDに無言の重圧をかけた。
「・・・・・・。」
「そんなに怒るなよな・・・」
「いいから早く説明しろ。ちゃんと分かるように、だ。」
なぁなぁで済ますつもりは毛頭ないらしいユーリに、MZDは頭をかいた。
「まぁ・・・その、拾ったんだよ。」
モゴモゴと口ごもりながら言葉を紡ぎつつ、MZDは少年に目をやった。
視線に気づいた少年は、鋭い目で思いきりにらみかえす。
「これをほどけ!」
「・・・次元のゆがみに落っこちてたんだわ。
これは俺の予想だけど、いろんな意味で不安定な世界から来たっぽいんだな、コレが。」
少年の意志は、とりあえずスルーしておく。
自分を拘束しているMZDに解放する気がないのと、どうあがいても外れないことが分かると、
少年はあきらめて大人しくなった。
「まだ息があったし、いろいろ面白そうだから拾った。」
「・・・貧乏性だネ・・・」
「あぁ!?なんか言ったかスマイル!!」
「んーん。なにも?ヒッヒッヒ〜♪」
「お前が拾い物をするのはかまわん。それの素性に興味もない。・・・さっさと自分の家に連れて帰れ。」
足を組み直し、ソファーに身を預けながらユーリが言う。
MZDはまた頭をかいた。
「・・・なぁユーリ・・・ものは相談だけどさ・・・」
「断る」
「Σまだ何も言ってないのに!!!」
「どうせそれの身柄を預かれだの引き取れだの言うつもりだろう!!」
「いや、なにもそういうつもりじゃ・・・そういうつもりだけど・・・」
「あいにくだが、ここは保育園ではない。他を当たるんだな。
というか、自分が拾ったのなら自分で世話をしろ!!!」
「そ・・・そんな冷たいこと言うなよー!俺だっていろいろ忙しいんだよ!!
大体、俺ん家じゃ、居るのはヤモリと影ぐらいだし、それもよく家空けるし・・・」
「お前の家の事情など知らん。」
「んな!!そんな言い方ないだろ!?」
「っていうかサ、家庭環境を言うなら、ボクたちよりいいところなんて山ほどあるんじゃ・・・」
「スマ・・・そのセリフ、ちょっと悲しいっスよ・・・」
「あれ、アッスくん居たの?」
「そうそう!それもあるんだよ!!
昨日今日で分かったと思うけど、コイツちょっとヤバイだろ!?普通の家になんて預けられねーよ!!」
「・・・貴様・・・この私に喧嘩を売っているのか・・・?」
ぐきゅるる・・・
突如として聞こえてきた音。
今にもMZDに掴みかからんばかりのユーリも、
それを止めようとしているアッシュも、ニヤニヤ笑いを浮かべていたスマイルも、
とっさにその音のした方向に目を向けた。
大人3人と子供1人の言い合いを、どうしたらいいか分からず、呆然と眺めていた少年。
4つの視線が自分を捕らえて初めて、自分の腹が「くぅぅぅ・・・」と鳴っているのに気づいたらしく。
少しおろおろしている。
「・・・お昼、食べましょうか。」
また暴れたらすぐ縛り上げるぞ、と念を押し、MZDは少年の拘束を解いた。
アッシュに、縛られたままご飯を食べるなんてあんまりっス!!と言われたからだ。
「・・・・・・。」
座って、とすすめられた椅子に、しぶしぶ腰を下ろし、テーブルに座っている面々をにらみつける。
「なんか、ヘンな食卓だねェ・・・。」
「一緒にご飯を食べれば、ちょっとは緊張もなくなると思うっスよ。」
少年に笑いかけながら、アッシュはみんなに皿を配った。
「今日は、新鮮な野菜とトリ肉、味付けイワシのサンドイッチっス。」
たっぷりのサンドイッチが盛られた大きな皿を、テーブルの上に置く。
スマイルとMZDから「おおおぅ!」と言う感嘆の声が上がり、ユーリが小さなため息をつく。
ここまでは、ごく普通の光景だった。
アッシュの手が皿から離れた途端、少年がテーブルの上に膝をついて上がり、
皿に乗ったサンドイッチを、両手でグシャッ!と掴んだのだ。
「わっ!!ちょっと!!」
アッシュが止める間もなく、少年の腕や足が、机の上の物を蹴っ飛ばす。
テーブルの上に乗っていた花瓶と2、3枚の皿が床に落ち、ひどい音を立てて割れた。
少年はテーブルを蹴って床に降り立ち、部屋のスミに走っていった。
座り込み、手の中でぐちゃぐちゃになったサンドイッチに、がつがつと食いついている。
「あぁああぁぁ・・・」
「・・・とんだ狼少年だねェ。」
目も当てられない状態になってしまったサンドイッチの皿と、落ちた陶器の破片、
それに部屋のスミにいる少年へと、アッシュの視線がおろおろと宙を漂う。
椅子の背に片腕をかけ、座ったまま振り返り少年の様子を見ていたスマイルが、ため息まじりにつぶやく。
「ま、食べてくれただけでもよしとすべきだな。」
MZDもため息をつきつつ、おもむろに右手を持ち上げてパチンと指を鳴らす。
アッと言う間に、テーブルの上と周りは、まるで巻き戻しでもしたかのように元に戻った。
サンドイッチも、少年が掴み取っていった部分以外は元のままである。
「絶対にここでは預からないからな。」
「そんなこと言うなよー俺とユーリの仲だろー?」
「どんな仲だ・・・」
「ヒッヒッヒッ☆」
「・・・はぁ・・・。」
何事もなかったかのように、食事を始める3人の神経の図太さに頭痛を感じながら、
紅茶の用意をしに行くアッシュだった。
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