「ボクはね、ユーリ。」
アッシュが少年を探しに行ったあと、リビングのソファーに寝転び、
何をするともなく・・・ぼんやりと天井を見上げていたスマイルが、唐突に口を開いた。
「バオバブの木が3本あったって・・・うううん、たとえ4本5本あったとしても、それはそれでいいと思うんだ。」
ユーリは読んでいた新聞から目を外し、寝転んだままのスマイルを見る。
「・・・なんの話だ。」
「そうしたら、バオバブの木と一緒に住めばいいんだヨ。
いくらバオバブが悪い種だって言っても、自分が生えている星を破裂させちゃったら、元も子もないじゃん?
なんだかんだ言ったって、最終的にはそんなコトしないって。」
ユーリの声には答えず、スマイルは淡々と言葉を紡いだ。
自分の問いかけに答えない透明人間に、吸血鬼はわずかに眉をひそめる。
「バオバブだって生きているんだもの。
きっと、一緒に暮らせるヨ。
それに・・・悪いものだからって、根絶やしにするのは可哀想だと思うんだ。」
「・・・・・・なんの話だと聞いている。」
イラつきを声ににじませると、スマイルはやっとユーリの方を向いた。
「アレ?ユーリは読んだことないの?‘星の王子さま’。」
「・・・聞いたことはあるが。」
「バオバブの木はね、なまけてほったらかしにしておくと、一面にはびこって星を破裂させちゃうんだって。」
「・・・ほう。」
「だから、気がついたら引っこ抜かなきゃいけないんだケド・・・
気がつかなかったり、なまけたりして大きくなっちゃっても、それはそれでいいと思うんだ、ボクは。」
新聞に目線を戻し、スマイルの話に適当にあいずちをうつ。
スマイルはそんなユーリを見ながら、ソファーの上でごろりと寝返りをうった。
「だってサ、大きくなったバオバブの木に登ったら、もっと遠くまで色んな景色が見えると思うんだ。
いつも見慣れていたものだって、地面に居たときとは全然違うものに見えるんじゃない?
きっと・・・うううん、それって絶対ステキな眺めだヨ。
ねェ、そう思わない?」
Shine Shower U
「どこ行っちゃったんスかねぇ・・・。」
少年の匂いをたどりつつ、奥へ奥へと早足で進んでいく。
こっちに来たのに間違いないはずだが、一向に少年の気配を見つけることができない。
呼ぼうとして口にメガホンのように手を当てたが、まだ名前を知らないことに気づき・・・手を下ろす。
「・・・困ったなぁ。」
アッシュは小さなため息を1つつくと、歩くスピードを上げる。
燃えるような赤い目から発せられたのは、目が合った者を氷付けにでもするような・・・冷たい殺気だった。
アッシュが少年の目を見たのは、ほんのわずかな時間だったが、
それでもこの狼男は、強烈な殺気を放つ少年の目に、あせりと恐怖がにじんでいたのを見逃さなかった。
・・・あの子は、おびえている。
(早く見つけてあげないと。)
アッシュはそう自分に言い聞かせ、右手に持ったおにぎりをしっかり持ち直すと、さらに音と匂いに集中した。
アッシュが足を止めたのは、城の一番奥・・・長い渡り廊下を通った先にある、大聖堂への扉だった。
大聖堂は、城とは別棟として作ってある。
ユーリの城が、建てられた元から吸血鬼一族の所有物だったのかはわからない。
初めてこの場所へ来た時、アッシュはなぜ吸血鬼の城に教会があるのかと聞いたが、
城主であるユーリにも、よくわからないとのことだった。
たまに、ユーリがここへ来てパイプオルガンを弾くとき以外は、この扉が開かれることはない。
鍵のかかっていない大きな扉が、今は少しだけ開いている。
「・・・・・・。」
アッシュはゆっくり、扉の取っ手に手をかけて・・・引いた。
正面、左右の壁にはめ込まれた美しいステンドグラスが、差し込む光に鮮やかな色をつけている。
古い石造りの城の中で、ここだけが・・・だだっ広いモノトーンの床に、色を与えていた。
それはまるで、夢のようで。
でもアッシュには、少しだけ残酷に見えた。
あの尊大で誰よりも孤独な吸血鬼は、ここでパイプオルガンを弾くとき・・・なにを思うのだろう。
永遠とも呼べる命を持つ彼に、この場所はあまりにも美しすぎる。
死をもって人々を救った聖人を崇めるための場所は、
どんな罵声よりも残酷な沈黙で、彼のことを責めているように見えたから。
「・・・。」
はた、と思考を止め、そういえばなぜ自分はここに来たのかと考える。
「・・・・・・。」
右手に、冷めかけたおにぎりがあって、少年を探してここに来たことを思い出すのと、
上から何かが降ってきたのは、ほとんど同時だった。
「・・・っ!!!」
反射的に上を見上げると、拳を振りかぶった少年が見えた。
とっさに、後方へ飛び下がる。
「ちょ、ちょっと!!!」
音も立てず、アッシュが立っていた場所へ降り立つと、間髪いれずにアッシュのほうへ突進してくる。
アッシュはあわてて、防御体勢を取ろうと思ったが、右手におにぎりを握っていてはハッキリ言ってなにもできない。
頭を狙って繰り出された蹴りを、ほとんど条件反射で避ける。
「わっ!ちょ・・・待つっス!!ストップっス!!!」
ジャンプして距離を取った少年に、わたわたとおにぎりを持ってない方の手を振って制止するが、
少年は聞こえてないかのように、またアッシュに向かって走り出す。
「うわっ・・・わっわっわっ!!」
左右交互に繰り出される拳打に、アッシュは後ろに一歩ずつ下がって避ける。
「・・・・・・。」
少年はわずかに眉をひそめた。
攻撃が当たらないのにイラついたらしく、一気に懐に入ってきて放った蹴りを、
アッシュはとっさに足を掴んで止めた。
「っ!!!」
「落ち着くっスよ!言葉通じてるっスよね!?俺は君の敵じゃないっス!!!」
それでも、握られた足を振りほどこうと、少年が力を込めたのを感じ、
アッシュは少し迷ったが、えいやっ!と足を上に引っぱった。
自分の半分ぐらいしか背がない少年の体は、まともに抵抗する間もなく、ひょいっと逆さに吊り上げられる。
「・・・っ!!?」
「はぁ・・・まったくもう。大丈夫だから、少し落ち着いてほしいっスよ・・・」
宙ぶらりんの状態で、足を掴んでいる手をほどこうと、もがもが動く少年に、
アッシュは小さくため息をついた。
「このまま連れて行くのも、ちょっと無理があるっスよねぇ・・・。」
ジタバタ暴れる少年を見ながら、考え込むアッシュ。
「大人しくするなら、下ろしてあげガフぅ!!!!!」
にっこりと笑みを浮かべた人の好い顔に、無我夢中で暴れた少年の足が・・・クリーンヒットした。
不運なことに、昨日ユーリに蹴られた同じ場所に、である。
アッシュの意識はキレイに吹っ飛び・・・
「――っ!!!?」
少年は足をつかまれたまま、石造りの床へ頭からダイヴするはめになった。
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