なぜここに、自分はいるのだろう。
物心ついた時には、手を紅く染める日々を送っていた。
自分以外はみんな敵だ。
自分以外はすべて殺せ。
言われたとおりにした。
何も考えなかった。
毎日の訓練。毎日の同じ食事。
指令を受け、2度と帰ってこなかった仲間のことでさえ。
本当に、何も。
なぜ、ここに自分はいるのだろう。
どうしてこんな仕事を始めたのか、理由がないわけではないと思う。
だが、そんな理由は・・・もはやどうでもよくなっていた。
動かなくなった肉のかたまりの前では、いいわけ以下の話だから。
これから、どこへ行くのか。
そもそも道なんて物が、自分に与えられているのかすらわからない。
何もわからなかった。
どこへ?
なんのために?
・・・誰のために?
I have to go now.(?U)
「ジャック!!!」
男の声が、ヘリの音が、街のざわめきが、すべてフィルターを通しているようにかすんで聞こえる。
右肩に、鈍く重い衝撃。
なんとか足を踏みしめ、手を伸ばす。
ぬるり・・・と暖かな液体が手のひらをつたった。
顔を上げると、真っ黒な機械の塊が、鋭い光を放ちながらこっちを見ている。
ヘリの窓から伸びた手が、もう片方の手をにぎり、なにかわめいている気配がする。
今の自分は、ヤツらから丸見えの状態だろう。
頭が思考を始める前に、足はコンクリートの床を蹴っていた。
(間に合ったか!?)
確かに手ごたえはあった。
自分が放った弾は、相手の銃を粉々に砕いたはず。
だが確かに、銃声は2発。
とにかくジャックを見つけようと、 KKは瓦礫に身を隠しながら、視界が晴れるのを待った。
刹那。
小さな黒い影が、ヘリに向かって走り出し、
あろうことか、壊れたビルの穴からヘリの頭に飛び移った。
「げっ!」
それがジャックだと気づくのに時間はかからなかった。
KKはあわててビルの壁から身を乗り出し、ヘリの上にいるジャックの姿を、視界にとらえる。
「や・・・やめろ!!やめてくれ!!」
ヘリに乗っていたのは2人。
そのうちの一人から短銃を奪い、ジャックはピタリと照準を合わせていた。
あとは2回引き金を引き、ヘリが落ちる前にビルに飛び移ればいい。
カチリと撃鉄を起こす。
と、ヘリが突然グラリとかたむいた。
「よせ!!このバカ!!」
横から怒鳴ったのは、さっきの男。
ハッとそっちを向いた途端、手の中の銃が奪われる。
「なにを・・・!」
「つかまれジャック!!」
KKは腰から別の銃を取り出し、ビルの屋上に向けて放った。
独特の風切り音とともに、銀色のワイヤーが弧を描く。
ジャックは、グラグラ揺れるヘリの上、引っかかるようにして立っているKKの腰に腕を巻きつけ、
両足でヘリの機体を蹴り飛ばした。
「んなっ・・・!!」
追手の男がすっとんきょうな声を上げるのを確認し、
KKはヘリの羽の根元めがけて、一発。
「あばよ。・・・あ、コレ返すわ。」
ポイ、と、ジャックが奪った銃を男の手の中に投げてやる。
なんだかわめいていたが、そこはサラリと無視を決め込み、KKはワイヤーの銃のスイッチをいれた。
ワイヤーが巻き取られ、体が持ち上げられていく。
羽はすでにその役目を果たさず、黒いヘリコプターはビルの谷間へと落ちていった。
「おい、肩見せろ。撃たれただろ。」
先ほどのビルから100メートルほど離れた建物の屋上で、 KKは言った。
「別に・・・大したことはない。」
「ウソつけ。こんなに血が出てんだぞ?貫通したな。まったく・・・」
ブツブツとつぶやきながら、ジャックのTシャツを破き、腰のホルダーから出したタオルで血をぬぐうKK。
用心深く、徐々に傷口の近くを拭いていく。
「・・・・・・っ!?」
今日何度目かもわからない、口の中に湧きでた唾液を飲み込む行為。
素早く、タオルのまだ血のついてない部分で乱暴に傷口をぬぐう。
KKは・・・今までにないほどのいやな汗が、自分の額を流れるのを感じた。
傷口が、なかった。
「だから、大したことはないと言ったんだ。」
やぶれた服を、肩にかけ直すジャック。
苦虫を噛み潰したような表情のまま、KKはジャックを見つめる。
「・・・お前」
「なぜジャマをした?」
KKの言葉を打ち消すように、ジャックはつぶやいた。
「結果的に助かったものの、あそこでオレの攻撃をジャマして、お前になんのメリットがあった?
・・・・・・危険が増しただけだ。」
視線は絡まない。
「オレは・・・そのためだけに造られたモノなのに。」
KKは、しばらくジャックを見つめていたが、首を振り肩をすくめると、取り出したタバコに火をつけた。
「・・・・・・なぜ邪魔したのか・・・か。」
夜景を背に、ゆっくりと煙を吐き出す。
ジャックは目を合わさないまま、KKの表情をうかがった。
その顔は、いやに穏やかで。
今までの、何かを含んだ笑みよりずっと・・・やわらかくゆるんでいた。
「まぁ・・・早い話が自己満足だろうな、俺の。」
夜風が、KKとジャックの髪を揺らす。
命の重みを語る資格など、自分にはない。と、KKは思った。
他人の事情に干渉するのも、薄っぺらいヒロイズムを語るのも趣味じゃない。
ただ、コイツには殺させるべきじゃない、と、そう思っただけ。
「・・・どうせ汚れるなら、少ない方がいい。」
・・・言ってから思った。
もう十分過ぎるほど、自分もコイツも汚れていると。
否、もしかしたらコイツの方が・・・
「・・・・・・悪ィ。」
もうなにもかも遅いのだ。
この哀れな人間の形をした生き物も、
弱く愚かな自分も。
たとえどんな理由があっても・・・奪ったものの重さが、軽くなることはないのだから。
・・・あ。
「そうか。だからか。」
「・・・なんだお前・・・。一人で謝ったり納得したり・・・」
怪訝そうなジャックの声に、KKは帽子で顔を隠しながら笑った。
「お前、なんにもわかってないんだよ。だから邪魔したんだ俺は。」
「・・・どういうことだ?」
「理解しろよ、ジャック。
全てを・・・とは言わねェが、お前は物を知らなさすぎる。
お前が本当に倒さなきゃならない相手は、今のままじゃ手も足も出せないぞ。」
初めて、ハッキリと正面からお互いの顔を見た気がする。
男は笑っていた。
ジャックは、何故か・・・その瞳の方が、
ついさっき自分に向けられた銃口よりも恐ろしく感じた。
夜が、明けていく。
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