「スタジオ・・・?」
穏やかな昼下がり。
スマイルはアッシュの手作りクッキーを口いっぱいに頬張り、
ユーリは優雅に紅茶のカップをかたむけ、
アッシュは手帳を片手に苦笑い。
ジャックはクッキーに手を伸ばした姿勢のまま、首をかしげた。
「ええ・・・。
さっきマネージャーさんから電話があって・・・。
スケジュールの調整で、レコーディングとかインタビューとかをいっぺんにやるコトになっちゃったらしいんスよ。
泊まりになること確実なんで・・・」
げふッ!!とスマイルがむせてクッキーが飛ぶ。
「エェーーーーーー!!?ナニそれ!!!
せっかくの休みなのにーーーー!!」
「全員か?」
「全員っス・・・」
「・・・ジャックはどうする。」
ユーリの言葉に、わしわしと頭をかきながらアッシュは続ける。
「それなんスけど・・・
ジャックを一人で城に置いとくわけに行かないんで、連れて行くってコトで・・・
スタッフさんに言って、部屋を用意してもらうように頼もうかなと・・・」
「まぁ、それしかないだろうな。」
「というわけで・・・ジャック、申し訳ないんスけど一緒についてきてくれないっスか?」
I have to go now.
「こちらになりますー!」
スタッフに案内されてついたのは、応接のような部屋だった。
机と3人がけのソファーが4つ、向かい合わせに並んでいる。
「あ、コレならみんな同じ場所で寝られるネー!」
ぱん!と両手を胸の前で合わせてスマイルが言う。
「遅くても11時ぐらいには上がれると思うっスけど、
俺たちが来なくても、10時には寝るんスよ?」
アッシュの言葉に、ジャックは素直に頷く。
「わかんないコトや困ったコトがあったら、スタッフの人に聞くんスよ?」
こくん。
「あ、俺たちは6Fのスタジオか、4Fのレコーディング室か、5Fのホール(大)にいるっスからね?」
こくん。
「それから寒かったら空調を・・・」
「もーいいじゃんアッスくんー。
ジャッくんだって幼稚園児じゃないんだからサ〜。」
「過保護犬め。」
「犬じゃねぇっス!!!何度も言わせるなっス!!」
過保護は否定しないんですかアッシュさん・・・と心の中でつぶやくスタッフ。
それでもアッシュの注意は止まらず。
2分後、ジャックはいつの間にか説教になってるアッシュをズルズル引きづりながら
仕事に向かうヴィジュアルバンドを見送った。
夜。
言われたとおり、ジャック用意された毛布をかぶり、ソファーに横になった。
「・・・・・・・。」
長さは、ジャックが思い切り足を伸ばしても十分な余裕がある。
でも、寝返りがうてるほど幅は広くない。
その面積を、身体は知っていた。
あの場所の。
あの場所の寝台の上にいるようだった。
(あのころはイヤでもなんでもなかったのに。)
しばらくぼんやりと天井を見上げていたが、どうにもいたたまれなくなり
ジャックは身を起こした。
アッシュたちが来るまで起きていよう。
そう思って、ジャックは大きなガラス窓のほうへ歩いていった。
ユーリ城は森の中にあるので、窓から見える景色は全て、天然の命のあるものだった。
ここはメルヘン王国の中心部で、この世界でも有数の大都市らしい。
無機質なコンクリートの真っ暗な海に、光るネオンが星のようだ。
この景色は、前いた世界でも見た事がある。
もっとも、次の日には全てが廃墟と化していたが。
(あんな世界で、オレは何をしていたんだろう・・・)
自分のやったことを、一つ一つハッキリと覚えているわけではない。
でも、間違っていた。
理由は分からないけれど、とにかく間違っていると感じた。
イヤだと思った。
だから、逃げてきた。
(・・・わからない。)
あのとき自分が望んだ場所がここなのか。
間違っていると感じたけど、なにが正しいことなのか。
自分がしてきたことは?
・・・自分は?
ギリギリと心臓を握りつぶされるようなこの感覚は?
(わからないことだらけだ。)
ため息をつこうと吸い込んだ空気を、反射的に飲み込む。
弾かれたように、この部屋で唯一の扉を振り返った。
(・・・殺気!?)
押し殺した足音が複数、こちらに向かっているのがわかる。
扉にカギはかかっていない。
バターン!!
壊れんばかりに勢いよくドアが開かれ、男が一人、部屋に転がり込んできた。
「!!」
目が合う。
と同時に、ジャックの耳はかすかな金属音を捕らえた。
身体が勝手に反応し、ソファーの後ろに倒れこむ。
ダダダダダダダダダ!!!!!!
間髪あけず、部屋の壁を、机を、ソファーを、無数の弾丸が襲った。
「・・・っ!」
「騒がしくて悪ィな。」
最初に入ってきた男が、目の前でニヤリと笑う。
どうやら同じソファーの後ろに逃げ込んだらしい。
「お前・・・!」
名前は出てこなかったが、ジャックはその顔を知っていた。
「話は後だ。俺がアイツら引きつけておくから、そのスキに逃げろ。まっすぐ右に行けば階段がある。」
言い終わるや否や、男はソファーを飛び越え、近くにいた追っ手に一発かました。
「逃げろ!!」
男がしたように、ジャックもソファーを飛び越えた。
だがドアには向かわず、机の上にあったコップを握り、ドア付近にいた追っ手の顔面に投げつける。
「ッバカ!!手ェ出すんじゃねぇ!!!」
男の声が耳に入るが、自分でもどうしようもないのだ。戦闘状態にあっては、頭より身体が勝手に反応する。
逃げなければ、と頭のどこかで声がするが、
自分の手は・・・すでに食事で使ったナイフを握っていた。
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