「・・・・・・。」
見上げると、どこまでも続く美しい闇。
とっくに陽は落ちて、少年は一人、ビルの屋上に腰をおろしていた。
眼下に広がる星の海、眠らない街。
(・・・こんなに長く、外でマスクを外していたのは初めてだ。)
逃亡者が出たという話を聞いた時、ムリもないなという気が、なかったわけではない。
研究者たちは、まさか飼い犬に手を噛まれるとは思ってなかったらしくて、
言い合いになったり、責任をなすりつけあったりしていた。
自分としては、そんなに驚くことではなかったから
バタバタと走り回る研究者たちが、滑稽にさえ見えた。
「・・・Z-73111、か・・・。」
なんて味気ない。
なんてちっぽけな響き。
自分とほかの個体との違いは、この番号の違いのみ。
所詮は消耗品で、使い捨てで、代わりなどいくらでもいる・・・ただの道具。
だが、アイツは逃げた。
それが、自分とアイツの大きな違いなんだろう。
こちらから動いて、見つけ出す気はあまり起きなかった。
どうせ、あと2回夜が来たら全ては終わるのだ。
自分も・・・おそらくは。
最初からそのつもりで、組織は自分を送りこんだのだろう。
あと2回夜が来たら、自分はこの星のどこかの都市を巻き込んで死ぬのだろう。
「ジャック・・・か。」
祭りの喧騒の中で、何度か聞いた単語。
おそらくは、逃亡者につけられた名前だろう。
「俺たちはもともと・・・何かを手に入れることなんて、許されない生き物なんだぜ」
闇に向かってつぶやく言葉は、少しだけ自分の鼓膜を刺激して消えていく。
「この環境も、名前も、その名前を呼ぶ人間も・・・」
全てを失えばいい。
お前だけが、俺たちが欲しいものを全部手に入れてるなんて。
許されるわけがないだろう?
自嘲的な笑みも、言葉と同じように・・・闇に溶けて消えていった。
「・・・・・・。」
2人だけで帰ってきたアッシュとスマイルは、リビングで落ち着かない時間を過ごしていた。
やっぱり、といってはアレだが、城にジャックの姿はなくて。
もうすぐ日付が変わるというのに、ユーリは帰ってこない。
スマイルはソファーに体を預け、ドアごしに外の気配をうかがっている。
うろうろと、アッシュは電話の置いてある棚の前を歩き回っていた。
「・・・やっぱり、MZDに連絡とった方がいいんじゃないっスか!?」
いてもたってもいられない、という様子のアッシュが、スマイルの背中に声をかける。
振り返らずに、スマイルはゆっくり言葉をつむいだ。
「連絡なんかしなくても、もう知ってるって。神だもん。
こっちになんにも言ってこないってことは、その必要がないからでしょ。」
いつもより低い、落ち着いたスマイルの声は、いやに説得力があって。
アッシュはうつむいき、しばらく黙っていたが、
コーヒーを入れてくると言って、キッチンのドアに手をかけた。
その時。
ジリリリリリン!!
年代物の電話が、けたたましく鳴り出した。
スマイルが振り返り、アッシュの手が受話器にのびる。
「もしもし!?」
『もしもし?アッシュ?』
電話の相手は、意外な人物だった。
「ま・・・マコトさん!?」
『‘さん’はいいって言ってるのにー。』
「あ、いや・・・その、なにか用っスか?」
『その様子だと、ホントにあったみたいだね。』
柔らかな声に、少しだけ心配の色がにじんでいる。
アッシュは驚いて、受話器を持ち替えた。
「なにか知ってるんですか!?」
『ううん。細かいことはなにも。
今、寝る前の戸締りしてたら、玄関のドアにメモが挟まってて・・・。』
「なんでマコトさんの家に・・・?
いえ、それよりそのメモ、なんて書いてあったんスか?」
『それが・・・なんかよくわからなくて、走り書きみたいだし・・・
とりあえず読むね。』
「あ、ちょっと待って下さい!メモするっスから!」
「・・・たったこれだけ?」
「あとは、Deuilに連絡しろ、っていう一言だけだったらしいっス。」
机の上のメモを見て怪訝そうに言うスマイルに、アッシュは答えた。
「 24:00← 72:00→ X-73145 」
「一体なんのコトっスかねぇ・・・?」
「この最後の番号・・・どっかで聞いたような気がするんだケド、
アッスくんは、なんか思い当たるようなことない?」
「いや、わかんないっス・・・」
「最初の2つは大体見当はつくんだけどねェ・・・。」
「・・・え!?わかるんスか!72時ってなんなんスか?」
「多分・・・だけど。矢印が内側向いてるから、24時間以内、じゃないかな。」
「それじゃあ、外側を向いてるこっちは・・・72時間後っスか?」
「・・・なにが起きるんだろうねぇ・・・ヒッヒッヒ☆」
「笑い事じゃないっスよ!!」
いつもの調子で笑い出すスマイルを、アッシュがたしなめる。
「でもまァ、ジャッくんが無事だってわかってよかったじゃん。」
「え・・・。でも、これがジャックからの連絡かどうか、わかんないじゃないっスか。」
「だって、マコトさんとKKって、ポプパーティ一緒だったじゃんか。」
「KKさん?KKさんがどうかしたんスか?」
きょとん、と首をかしげるアッシュに、スマイルは額に手を当て、ため息をついた。
(そーいえば、アッスくんはKKの本業に気づいてないんだっけねぇ・・・)
「え?ジャックはKKさんと一緒にいるんスか?なんでそんなことわかるんスか?」
「あーいや、その・・・
ホラ、ジャッくんてさ、ボクら以外に知ってる人って言ったら、
MZDとKKぐらいしかいないじゃん?」
「あ、そういえばそうっスね!スマ、頭いいっス!!」
素直に引っかかってくれたアッシュの単純脳みそに感謝しながら、
まあネー。と、返事をする。
「あとはこの数字だけど・・・。」
「暗号かなにかっスかね・・・?」
紙を横にしたり、ひっくり返したりしながら、アッシュとスマイルは首をひねった。
「あ、推理小説とかでよくある、数字をローマ字に見立てて読むとかっスかね?」
「最初の‘X’はどうなるのさ・・・」
「うーん・・・」
「一応やってみる?えーと・・・電卓みたいな数字で書くとわかりやすいんだよネ。」
数字の下に、サラサラと書きはじめるスマイルを、アッシュが横から覗き込む。
「73145・・・だから、7がL、3がE、1は・・・」
「Iっスかね?4は・・・小文字でh?5はSで・・・」
「続けると、L、E、I、H、S。」
「うーん。ハズレっぽいっスねぇ・・・」
「なんだか名前みたいだネ。」
「名前・・・っスか?」
「ホラ、ひっくり返すと、‘SHIEL’で、シエルって読めるじゃ・・・」
言いかけた言葉を切り、スマイルは、ばっ!と立ち上がった。
「名前!名前だよアッスくん!」
「はっ!?名前ッスか!?」
「この数字、やっぱり名前だヨ!思い出した!!」
「名前って・・・誰の名前っスか?数字の名前・・・って・・・あ!!」
「ジャッくんが初めてココに来た時、名前聞いたら、数字で答えたよネ。」
「下二桁が‘11’だったから、ユーリがジャックって名前を・・・」
2人は顔を見合わせ、もう一度メモに目を落とす。
「でも、この数字は、下二桁が‘45’っス。」
「ジャッくんのナンバーじゃない・・・。」
奇妙な沈黙が流れた。
アッシュは、その数字が示す意味が自分の中で出ると、信じられないという顔でスマイルを見た。
スマイルはスマイルで、何かを考え込んでいる。
「スマ・・・ジャックって、ここじゃない世界から・・・逃げてきたって言ってたっスよね?」
「・・・・・・。」
「一応、追われる身・・・ってことっスよね・・・?」
「・・・この数字は追手の名前と見て間違いないと思う。
となると、24時間以内に起こる何かと、72時間後に起きる何かが気になるところだねェ。」
「ひょっとしなくても大ピンチじゃないっスか!!俺たちどうすればいいんスか?!」
真っ青な顔で、アッシュは言った。
スマイルはもう一度ソファーに腰をおろし、小さくため息をつく。
「たぶん、ジャッくんはここに戻ってくると思うヨ。
24時間以内・・・ううん、18時間以内には。ジャッくんがいなくなって半日経つからね。」
「・・・俺たちに、何か出来ることは・・・」
「待っててあげればイイんじゃない?」
スマイルは一つ伸びをすると、ソファーに横になった。
「ボク、ちょっと寝るネー。長くなりそうだし。」
あくびを一つすると、小さな寝息をたてはじめるスマイル。
アッシュもため息を1つついて、スマイルにかける毛布を取りに、部屋を後にした。
うーん私設定暴走中。
なんだか、「あ、いけるかもこの展開!」みたいなのと、
「うわーもうこの話ダメだわー」みたいなのが交互に来てました;;
エイプリルさんが出てきたのは自分でもビックリ!
ひょっとして初☆女性キャラ!?
KKのこと好きだったりするといいなー。片思いバンザイ!!(笑)
2Pジャックの人間性(?)みたいなのがちょっと書けて嬉しかったです。
そう。名前はシエルというんですよ。
まだついてませんけど。
どうやってその名前をもらえるのかは、これからのお楽しみということで・・・
それでは、また次回。
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