警告警告警告警告・・・
全身が凍りつくような緊張。
状況、経験、本能、全てが赤いランプを点滅させ、けたたましく警告音を鳴らしている。
心臓は狂ったように鼓動を速め、指先さえ満足に動かせない。
まばたきをしないせいで、視界がブレはじめた。
ジャックは、今、自分の全ては、自分のものであって自分のものではないのを感じた。
全ては、目の前の同じ顔を持つ少年の手の中に。
PURSUER−追う者ー U
「・・・そんなに警戒するなよ。なにも今ここでお前と闘うつもりはないぜ。」
相変わらず黙ったままのジャックに、肩をすくめて言う、黒い少年。
「俺はただ、お前に提案しにきただけだ。・・・ホントだって、ここでは闘わない。」
「・・・・・・。」
ジャックは言うことを聞かない体を落ち着かせようと、細く呼吸し始めた。
少年は小さくため息をつくと、ガスマスクとガスボンベ、手袋を外す。
ちょうどジャックの真後ろに落ちるように、それを放り投げた。
鈍い金属音と共に、地面に落ちる武器。
ガスマスクの下からは、ジャックと同じ顔と、冴え渡る月のような瞳が現れた。
「これでどうだ?」
漆黒の髪を風に遊ばせ、軽く前髪をかきあげながら言う少年。
ジャックは注意深く口を開いた。
「・・・提案というのは・・・?」
「まぁお前もわかってるだろうが、俺はお前を見つけて始末するために
お前の抜けてきた次元の道を抜けてここへ来た。
どんな異次元かと思えば、この環境の良さはなんだ?ってカンジでな。
組織に報告したところ、ここへの侵略が決まった。ついさっきだ。」
・・・この展開は予想できた。
ジャックは唇をかみ締めながら思った。
しかし、組織から既にGOサインが出ているとすれば・・・
「そう。あとは組織の軍が来るまで、俺は適当に暴れていればいい。」
上唇をぺろりと舐め、眼を細めて少年が言う。
「軍がここに到着するのは、今から約72時間後の予定だ。
そこで提案。お前に24時間やろう。」
眉をひそめるジャック。
「その間、俺はお前から攻撃しない限り、ここの住人に攻撃はしない。
俺に協力するか、一番最初の獲物になるか、選べ。」
その瞳は、明らかにジャックの反応を楽しんでいた。
「誰に報告しようとかまわないぜ。知ったところでどうしようもないからな。
それとも・・・また逃げ出すか?
ここの連中は死ぬだろうが、お前は生き残れるぜ。
もしそーするんなら、組織には死んだって報告しておいてやろうか?はははっ!!」
刹那。
一瞬のスキをつき、ジャックは後ろに飛び下がって少年のガスマスクを手に取った。
素早く装着し、枝の上にいる少年に向かって、容赦なく炎を放射する。
炎は太い枝を包み、いともあっさりと墨にしてしまった。
ガラス越しに、燃えた枝を注意深く見つめる。
「・・・選択肢に、‘俺と戦う’なんてのはなかったはずだがな。」
「ーッ!!」
いつの間にかジャックの背後に立っていた少年は、
素早くジャックからガスマスクを奪い、同じように火炎をはなつ。
紙一重で、飛び上がってそれを回避したジャックは、逆に少年の背後に降り立った。
少年の放った蒼い炎は、標的を外し、背後にあった大きな桜の木を、
根元からこずえの先まで・・・蛇がとぐろを巻くように包み込んだ。
「・・・俺とお前の差が、少しなりとも理解できたか?」
燃える桜の木を背に、ゆっくりと振り向く少年。
感じたのは、凍りつくような緊張。
全てを、握られている感触。
・・・・・・ジャックは走り出した。
「言い忘れたが、自由時間といえども俺の監視つきだぜ?」
すぐさま視界から消えたジャックに言葉を投げかけ、不敵な笑みを浮かべる少年。
次の瞬間には、少年も姿を消し、後にはメラメラと燃える桜の木が残った。
「ねェ・・・あれ・・・」
スマイルの声に、アッシュとユーリが振り返った。
向こうの方が、やけに明るい。
ざわざわと人が騒ぎ始めている。
パチパチとはぜるような音と、なにかが焦げたようなにおい。
「あれ、サクラの木だよネ?なんで燃えて・・・」
「固焼きせんべいの店の方っス!!あっちにはジャックが!!」
アッシュは、買ったオモチャやお菓子を放り出し、一目散に走り出した。
「ちょっ・・・アッスくん!!」
あわてて呼び止めるスマイルだったが、かすかに空気が動いたのを感じ、後ろを振り返る。
背後では、ユーリが深紅の美しい羽を広げ、地を蹴ったところだった。
「わっ!ユーリまで!!どこいくのサ!?」
「アッシュをつれて、先に城へ帰っていろ。」
短くそう言い残すと、ユーリはあっという間に黄昏の空に飛び上がって行ってしまった。
スマイルは、ンもー!!と頬を膨らませたが、
急いで地面に落ちた買い物袋を拾い集め、アッシュの後を追った。
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