今 願い事が叶うとしたら
迷わずに 彼を想うでしょう
どうか元気でね
笑顔でいて
全てに愛されているように
夢を見て
明日を見て
ありがとう
PURSUER−追う者ー Y
少年は、役に立たなくなったマスクを外し、地面に落とした。
漆黒の髪が、夜風に流れる。
完璧な左右対象の眉は歪められ、
ゴーグルを外して現われた、月のような瞳は・・・前方にいるジャックに強烈な殺気を放っていた。
ジャックは少しだけ眼を細め、少年の出方を見る。
次の瞬間。
ザッ!と、地面を蹴る音がしたかと思うと、少年の姿はその場所から消え、ジャックの背後に移動した。
「速・・・!」
「まあまあだネ。」
少年の運動能力に息を呑むアッシュ。
スマイルは相変わらず余裕の表情を浮かべ、高見の見物を決め込んでいる。
背後から繰り出された蹴りを、素早く肩とヒジで受け流し、
太ももの付け根・・・急所の一つ、肝臓にめがけて手刀を放つ。
「ぐっ・・・!」
短く呻き声を上げ、黒い少年は飛び上がって距離を取る。
「・・・うおぉお!」
雄叫びを上げ、急所を打たれたにもかかわらず、全くスピードを落とさずにジャックに向かって突進する少年。
素早い拳打を紙一重で避け、今度はわき腹に手刀を放つ。
決して自分からは攻撃せず、カウンターで切り返してくるジャックに、
少年はさらに苛つきの表情を濃くし、何度も襲いかかってきた。
ジャックは息一つ乱さず、的確に攻撃を受け流し、少年を退ける。
「・・・なぜ・・・だ・・・!」
地に膝をつき、あちこちで悲鳴を上げている身体をかばうようにしながら、
少年は絞り出すようにして言葉を紡ぐ。
「スピードも力も・・・俺の方が上回っているはずなのに・・・!」
「・・・左足」
呻くように言葉を吐き出す少年に、ジャックはボソリとつぶやく。
「左足と、左肩。そして眼・・・」
「・・・っ!」
それは、KKが少年に傷を負わせた場所だった。
「傷は癒えても、肉体が受けたダメージ全てが回復するわけじゃない。」
「・・・っ・・・。」
「・・・それに・・・」
地面にうずくまる少年を見つめていたジャックは、少しだけ目を伏せた。
『無事でよかったっス!・・・怪我はないっスか?』
『ジャッくんの好きにすればいいよ。』
『・・・俺がいるだろうが。』
脳裏によぎる、いろいろな人の顔と声。
ジャックはゆっくり眼を開け、再び少年に視線をあわせた。
「この世界と、ここに住む人たちの為なら・・・オレはいくらでも強くなれる。」
「・・・イイ瞳だネ、ジャッくん。」
隻眼を細め、まるでまぶしいものをみるように・・・スマイルはつぶやいた。
「あの子・・・シエルは大丈夫っスかねぇ・・・」
「大丈夫でしょ。ちゃんと手加減してるし。」
「いや、身体の心配ももちろんっスけど、心の方が・・・」
「そだねェ・・・。ま、大丈夫じゃない?」
「はっ・・・。
お前にそんな言葉を吐かせるとは、ここの連中も大したものだな。」
「・・・・・・。」
「お前がここに逃げてこなければ、滅ぶ必要などなかったのに・・・。
あの男も、そこにいる2人も・・・救いようのない馬鹿だ。」
少年の言葉に、スマイルはヒッヒッと笑いながら肩をすくめた。
「キミに救いようのないなんて言われちゃオシマイだよネ。」
「スマイル!」
・・・その言葉は、ジャックにも通じる言葉。
アッシュは厳しい声でスマイルの名を呼んだ。
「どいつもこいつも・・・お前たちは死ぬんだぞ!
ほかでもないこいつのせいで!なぜ責めない!恨み言はないのか!!」
ふらつく足で立ち上がり、怒鳴りつける少年。
ジャックは眉をよせた。
少年の言っていることは、自分でも充分自覚している。
次に出る、アッシュとスマイルの言葉が怖かった。
「エ?なんで?別にジャッくんのせいじゃナイじゃん。」
「ジャックは悪くないっス。そして・・・君も悪くないっスよ。」
アッシュは2、3歩前に出て、言葉をつむぐ。
少年は目を見開いた。
「な・・・んだと・・・?」
「君は悪くないっス。悪いのは、君たちを操ってる組織っスよ!」
普段あまり大声を出さないアッシュが、強く主張するように叫ぶ。
「だから、もうやめるっスよ!俺・・・見てらんねぇっス・・・!」
語尾はかすれてよく聞こえない。
そんなアッシュの姿に、ジャックはまた、自分の胸が熱くなるのを感じた。
「は・・・ははっ・・・!
なんだそれは?憐れみか?笑わせてくれる・・・」
「なにが憐れみなものっスか!!君は被害者っス!!
ジャックと戦って、なんの意味があるんスか!!」
アッシュの言葉は、一緒に聞いていたジャックの中にも、真っ直ぐ下りてきた。
ああ・・・この人は、いつも1番あたたかい言葉をくれる。
「・・・意味などない。
この命にすら・・・意味なんかない。
あるのは、運命だけだ。」
アッシュの返事を待たず、少年はジャックの方へ体と視線を向けた。
「安息の日々を送ることも、名前を呼ぶ相手が居ることも・・・俺たちに許されるはずがないだろう?」
自嘲を含んだ笑み。
ジャックは目を細め、少年の言葉を受け止めた。
「俺たちに許されたことは・・・殺すことだけだ。」
(・・・そうかもしれない。)
ジャックは心の中でつぶやいた。
「そうかもしれない。」
そのまま・・・思った言葉を舌に乗せた。
アッシュが苦しそうに顔を歪めたのが、気配で分かった。
少年は、顔を笑みの形にゆがめる。
「だが・・・」
顔を上げ、言葉をつむぐ。
「オレがこの世界に来たのも、
お前がオレを追ってこの世界に来たのも・・・
1つの運命なんじゃないのか。」
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